ハーフ・タッチについて—杉谷昭子先生の訃報を聞いて

杉谷昭子先生(すぎたにしょうこせんせい)がお亡くなりになりました。おそらく次か次の次のピアノ音楽誌『ムジカノーヴァ』(音楽之友社)には訃報が追悼特集記事が組まれるでしょう。

 

高名なピアニストで演奏指導者の方です。

私は1度もお目にかかったことはございませんし、演奏も聴いたことがございませんでしたが、彼女が偉大な人だっということは知っています。

 

『ムジカノーヴァ』という音楽之友社から出ているピアノ雑誌の1996年7月号に30ページ弱の『強い指を作る方法がわかった!』という特集が組まれました。

 

多くのピアノの演奏指導者の方たちが指を”強く”する方法を書いていらしたのに対し、杉谷先生だけが”音の美しさ”に注目され、指の筋トレや、肺フィンガー奏法や、ガシガシ系の演奏に対して、明確に批判されました。

そして、「私は決して好みの問題で言ってるのではない」と強い言葉を使っていらっしゃいます。

 

杉谷先生と言えば、ハーフ・タッチの提唱者として著名です。

指は鍵盤の底まで押し込むのではなくて、”カクン”のところをねらうという考え方です。

実はこの考え方はとても世間で誤解されていると私は考えています。

 

世間の多くの方が考えているハーフタッチは次のような者ではないでしょうか?

  • 曲によってはハーフ・タッチを使う
  • “カクン”で止めるなんて無理なので、不可能なメソッドである
  • ハーフ・タッチを使うと、よく響く大きな音は出ない

 

これらの発言はすべて誤解に基づいています。

ハーフタッチというのは、そのようなものではありません。

 

道具を持つと、私たちの脳の中の身体地図が道具と道具の周辺にまで拡張します。脳科学や認知科学では、この身体の外に広がった身体地図をペリ=パーソナル・スペース身体近接空間)と呼ばれています(『脳の中の身体地図』インターシフト刊を参照した)。

 

ピアノを演奏する方が鍵盤に触れた瞬間、私たちの脳のなかの身体地図は、フェルトつきのハンマーヘッドとスチール製の弦に拡張します。

調律中のピアノ

ハーフ・タッチというのは、この「身体地図が拡張したフェルトつきのハンマーヘッド」で「身体地図が拡張したスチール製の弦」を狙うのです。

 

身体地図がフェルトつきのハンマーヘッドにまで拡張させることができるということは、当然ハンマーシャンクにも身体地図が拡張しています。

弾き方によって、ハンマーシャンクのしなり方が変わり、ハンマーの当たる位置が微妙に変わる。それによって。人間の耳の可聴域の範囲内で、音の質が変わることは、古屋晋一先生の『ピアニストの脳を科学する』(春秋社)に論文が引用されているので、多くの方がご存知ですね。

 

ピアノ奏者はコンサートや発表会のピアノで本番を迎えることが多いので、たとえ初対面の楽器やあまりなじみのない楽器であっても、自由に音の質を変える必要があります。

そのためには、少なくともピアノのハンマーヘッドにまで地図を拡張する必要があります。

 

杉谷先生がおっしゃりたかったことは、そういうことではなかったかと、私自身は確信を持っています。

 

 

ハーフタッチは実はハンマーヘッドや弦などに身体地図を拡張していることを前提にしていることについては、妻の辰巳京子氏(かつて杉谷先生に長く師事し、火葬の前日に対面した数名の元弟子と弟子たちのひとり)のサポートの元に書いた『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなるワークブック』(ヤマハミュージックメディア)で明らかにしました。

もちろん本文中には、当時ご存命だった杉谷先生のお名前も、ハーフ・タッチという名称も出しませんでしたが、参考文献として、杉谷昭子先生のご著作を掲載させていただきました。

 

 

身体近接空間をハンマーにまで拡張するために私が考案したやり方は、『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなるワークブック』(ヤマハミュージックメディア)に掲載しました(杉谷先生のやり方は掲載しませんでした)。ぜひご覧ください。

 

それはとても簡単なエクササイズなのですが、なかにはこのエクササイズ自体がまったくできない方もいらっしゃいます。そういう方については、レッスンで対応します。

そのやり方がうまくいかない人の解決策を書くには、ページが足りませんでした。150ページというのが最初から決まっていて、それを載せたら、別のワークを2つ削らなくてはならなかったのです。それはできませんでした。

 

 

ピアノ奏者の方とのレッスンのご案内はこちらへ。

 

 

最後に。杉谷昭子先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 

+++ 2019年5月21日 追記 +++

本日2019年5月21日(火曜日)付けの読売新聞朝刊に杉谷昭子先生の訃報記事が掲載されました。

 

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