序-音の響きが変わる経験
私は、当時受けていたアレクサンダー・テクニーク教師養成コースのディレクターの許可をいただいて、教師トレーニング中の2003年1月から教え始めました(トレーニング修了は2003年12月)。
アレクサンダーテクニークを教え始めた当初から、生徒さんの音の響きが変ってビックリ!
アレクサンダーテクニークを教え始めた当初から、特に演奏家の方たちとレッスンをしているときに、アレクサンダーテクニークを実践していただくと、彼らの「からだ」の動きがスムースになり、活動中・活動後の「からだ」の違和感や痛みが少なくなることはともかく、音の響きが豊かに変わることが不思議で仕方ありませんでした。
アレクサンダーテクニークの教師になるための訓練中も、ベテランの先生が演奏家にアレクサンダーテクニークのレッスンして、音の響きが変わる場面には何度も遭遇していたはずですが、私自身が音の響きの変化について気づくようになったのは、私自身がアレクサンダーテクニークを教え始めてからです。
「ほらね。”からだ”の使い方が変わると音の響きも変わるでしょう」
などと生徒さんには申しておりましたが、音の響きが変わるメカニズムは、完全にブラック・ボックス状態でした。
キャリアを重ねていき、新しいワークを生徒さんとともに作り上げていく過程で、どのように導いて、生徒さんである演奏家の方たちの「からだ」の使い方が変わると、音の響きが豊かに変化することは、経験則としてはっきりと確信したのですが、それでも”物理的”になにが起きているのか理解しておりませんでした。
“物理”という文字を見て、唐突な印象をお持ちになった方がいらっしゃるかもしれません。しかし、音の響きは物理現象ですから、必ず物理的に説明がつくはずなのです。
音響学とピアノ奏者とのあいだの100年論争-音響学は「ピアニストは音の質を変えることができない」と主張した
そこで音響学の本などを読んだのですが、そこに書いてあったのは驚くべきことでした。
ピアノの音について、音響学の立場では、変えることができるのは、音の大きさだけであり、音の質はけっして変えることができない。
しかし、グループレッスンなどで、実際に私の目(と耳)の前で、同じピアノを別の方たちが弾いてみせてくださると、演奏する方によって、音の大きさにかかわらず、音の響き方、音の入り方、音が鳴るところがまるで異なって聞こえるのです。
そして、アレクサンダーテクニークのレッスン後はみなさん変化されますが、同時に演奏される方らしさは残るのです。音の質は演奏家によって明らかに異なるのです。
しばらくして分かったのは、これは私だけにそのように聞こえている訳のではなくて、演奏家たちのあいだでは、常識だったということです。どこかの馬鹿者のセリフ”猫が鍵盤を歩いても、ピアニストが弾いても同じ音が出る”なんてことは、けっしてありません。
そして、演奏家の立場からロシアの方が書かれたピアノの音の響きについての本を読んだところ(スラヴィンーダヴィデンコフ,イレーネ(1973)『ピアノのTonbildungについて』(郡司すみ訳)ムジカ・ノーヴァ)、ピアノ奏者と音響学者との間で、論争になっているとのことでした(後に古屋晋一さんの『ピアニストの脳を科学する』を読んで、この論争は私がこちらの本を読んでいた時点で、すでに決着がついていたことが分かりましたが、当時は知る由もありませんでした)。
極めつけは、ある音大のピアノの先生からお聞きした話です。ある国でピアノの教師たちと音響学者が公開の場で立ち会い、実験をしたところ、ピアノ奏者は音の違いを聞き取ることができるのに、音響学者は頑としてピアノ奏者による音の響きの違いを聞き取ることができないと言い張ったのだとか。
つまり音響を研究している彼らは、音の質の違いを聴くことができない方たちだったのです。
ヨーゼフ・ガート氏の『ピアノ演奏のテクニック』で重量奏法の真実をアレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこが知る
アレクサンダーテクニークを教えて、生徒さんたちのピアノの音の響きが変わることに関する私の疑問を解決するために、音響学はまったく頼りにならないことが分かりました。
そこで日本語に翻訳されている海外のピアノ指導者の本を貪るように読みました。アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこの図書館における冒険の始まりです。上野の音楽資料室に感謝します。
そして、ハンガリーのリスト学院の先生だったヨーゼフ・ガートさんの『ピアノ演奏のテクニック』(音楽之友社 絶版)に出会いました。2008年の暮れのことです。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこが読み解くピアノの重量奏法・重力奏法の真実
書いてあることを、アレクサンダーテクニークのレッスンを積み重ねてきた私流にアレンジして説明します。
実は、アレクサンダーテクニーク教師の私はずっとこの本のこの部分に書いてあることに忠実に生徒さんにご指導してきたつもりでしたが、最近本を読み直してみたら、表現の仕方にずいぶん違いがあり、もはや原形をとどめていなかったのです。
ピアノに重量奏法・重力奏法という考え方があります。
腕の重さで演奏する。
からだの重さを鍵盤に乗せる等々。
けれど、多くのピアノ指導者たちも生徒さんたちも、その言葉を意味することを完全に誤解しているようです。
私たちの鍵盤に指が触れる瞬間から、鍵盤からの反力(反作用の力)が指に戻ってきます(物理の時間に習った作用・反作用の法則)。
大きな音で演奏するときには、指の打鍵のスピードが上がるので(物理法則です。力は、速さの2乗に比例し、重量に比例します)、その反力はさらに大きくなります。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、指の関節で受け取ったら、指先からその関節までのどこかに大きな負担がかかって、傷める可能性が増します。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、手首で受け取ったら(親指の伸筋が過剰に緊張すると起こりやすい)、指先から手首までのどこかに負担がかかって、傷める可能性が増します。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、肘(肘関節あたり)で受け取ったら、指先から肘(肘関節あたり)までのどこかに負担がかかって、傷める可能性が増します。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、肩(肩関節あたり)で受け取ったら、指先から肩(肩関節あたり)までのどこかに負担がかかって、傷める可能性が増します。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、首のあたりで受け取ったら、指先から首までのどこかに負担がかかって、傷める可能性が増します。
もし鍵盤から指に戻ってきた反力を、腰のあたりで受け取ったら、指先から腰までのどこかに負担がかかって、傷める可能性が増します。
そうではなく、鍵盤から指先が受け取った反力を瞬時に全身に分散させる。これがいわゆる重量奏法・重力奏法が意味することです。
ヨーゼフ・ガートさんの本の重量奏法・重力奏法について説明してある箇所を読んだとき、私の全身に電流が走りました。
実はガートさんの本の前に、トバイアス・マティさん(Tobias Matthay 1858 – 1945)の本も読みました。
誤訳があるのかどうか分かりませんが、物理的な用語を使いながらも、非常に書いてあることが感覚的なところが多く、不躾な表現になるかもしれませんが、物理学的にも解剖学的にもナンセンスなところが多かったです。別の言い方をすると、マティさんやマティさんと身体感覚が非常に近い方たちが、マティさんの本に書いてあるようなことを思う分にはうまくいくというレベルということです。
最近、マティさんご自身は対面でお会いした生徒さん達へのレッスンがたいへん適切だったのに比べ、先行文献もございませんし、不特定多数の方たちに向けて書くことにご苦労された可能性があると考えるようになりました(2018年4月11日追記)
ガートさんが先行著作のマティさんの本を引用されなかったのは、医師の酒井直隆先生がその労作の中で指摘されている通りですが、このような背景があったのかもしれません。
ようやく理解しました。
アレクサンダーテクニークのレッスンで私が手と言葉を使って指導していたのは、「からだ」のどこかを、あるいは「からだ」の全体を生徒さんが押し下げないことによって、結果的に反作用の力を瞬時に全身に分散させること、「からだ」に”力の通り道“を開くことだったのです。
「からだ」のなかの”力の通り道”を開くことが明確になってから、鍵盤楽器奏者や打楽器奏者やドラム奏者の方たちへの私のアレクサンダーテクニークの指導は、より具体的に適切なものになりました。
そこを出発点にして、新しいワークを生徒さんと生み出すことができるようになりました。 それだけではなく、歩いたり、走ったり、パソコン作業をしたり、施術をしたり、日常のあらゆる場面をご指導するときに、「からだ」の中に力の通り道を開いて、全身に負荷を分散させることを使えるようになりました。
私が思うに、この事実は元々アレクサンダーテクニークに内包されていたものですが、私が知る限りだれも明確にしてこなかったので、私はこのことをアレクサンダーテクニークの導力アスペクトと名づけました。どうして”からだ”を押しつぶすとあらゆる活動に不利になるのか、ということが明確になりました、
そして、それこそがF.M.アレクサンダーのあると主張した、プライマリー・コントロールの十分条件の少なくとも1つではないだろうかと私は思います。
考察が深まるなかで、気づいたことがあります。
ガートさんは鍵盤から返ってくる反作用の力(反力)を全身に分散すると言う観点からのみ書いていらっしゃり、指から鍵盤に力を伝えるという作用の観点から書いていらっしゃらないことです。
おそらく説明が煩雑になるので、不特定多数の方たち向けの本では簡単に理解し、実行できる反作用の力を全身に分散するという観点からの説明に限ったのではないかと思います。前進を伸びやかにしていると、反作用の力は分散されますし、作用する力も効率よく伝えることができますので。
鍵盤に無理なく、効率よく力を伝達するという作用面の説明の精度をさらに高くするには、上智大学の古屋晋一さんが高速度カメラで撮影し、解析して明らかにされた、しなりを使った奏法は欠かせません(『ピアニストの脳を科学する』古屋晋一 春秋社を参照した)。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみによる、しなりを使った奏法の考察はこちらに。
2018年4月11日追記
以上のことはホームページには初めて書きましたが、これまでピアノ音楽雑誌「ムジカノーヴァ」では数年前から何度か書かせていただいております。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこのレッスンの勧め
ご参考になりましたでしょうか? 続きはアレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこのレッスンで。
アレクサンダーテクニーク東京個人レッスン
ほぼ毎日、東京でアレクサンダーテクニークの個人レッスンをしています。
アレクサンダーテクニーク横浜個人レッスン
月に数回、横浜でアレクサンダーテクニークの個人レッスンをしています。
特別企画の東京のアレクサンダーテクニークのグループレッスン
ピアノを演奏する方とピアノ演奏を教える方のための課題解決のための講座-アレクサンダーテクニークを使って
『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなる からだ作りワークブック』(ヤマハミュージックメディア)を使って、次のようなことを行ないます。
- 和音、オクターブ、スケール(上行・下行)、跳躍、トリル、トレモロを楽に弾けるようになる。
- 響きのあるフォルティッシモと、音の入ったピアニッシモ
- 腕の重さで演奏すること(いわゆる重量奏法・重力奏法)の本当の意味と弾き方
- しなりを使った打鍵
- よかれと思ってやってしまうことの注意点
- 自習のための手順
- 指導する際の注意
2019年9月21-22日(土・日) 10:10-16:40 東京・中野グループレッスン
※ 1日のみのご受講も可能です。
※ 2日目のみをご受講されたい方は、事前に個人レッスンを3回ご受講くださいませ(そのうち1回は2019年6月以降に受講する)。
舞台の本番や大事な場面でのあがり症・緊張を解消する~アレクサンダーテクニークとボディマッピングとポリヴェーガル理論を使って
次のような状態を解消する方法を学びます。
- せっかく練習しても。舞台の本番であがったり、緊張したりして、実力が発揮できない。
- 大事な場面で(例えば演奏やダンスの本番で)、地面に足がついていない感じがある。あるいは脚がなくなった感じになる。あるいはエネルギーが上に上がりすぎて、降りてこれない感じがある。
- プレゼンテーションのときに、声が震える。あるいは顔が真っ赤になる。声がうわずる。固まる感じがある
2019年9月23日(月・祝) 9:15-12:45 東京・田端グループレッスン
レギュラーの東京・横浜グループレッスン
各回に講師が提示するテーマはありますが、なるべくご受講される生徒さんのご要望・解決されたい課題にそってレッスン致します。
アレクサンダーテクニークを使って、自由な呼吸と本当の声を取り戻す
アレクサンダーテクニークを使って、声を出しやすくする方法と呼吸に伴う胴体の自然な動きを学びます。
呼吸に伴う胴体の自然な動きを取り戻すことで次のような効果があります。
- ピアノ奏者の場合には。バランスを崩しにくくなる(支えができる)
- 弦楽器奏者や管楽器祖との共演がしやすくなる方法です。
- た演奏に必要な力強さが増します。
2019年8月21日(水) 19:00-21:30 東京・荻窪グループレッスン
アレクサンダーテクニークを使って、指の動きを改善する
アレクサンダーテクニークの原理を使って、パソコンの操作やスマホの操作で、指の動きを改善されたい方、特に親指の付け根やその反対側が筋肉痛になる方、手首が固いくなる方の改善方法をお伝えします。
ピアノ奏者の場合には、次のようなことを学ぶことができます。
- オクターブや和音を弾きやすくする方法
- トリルやトレモロを弾きやすくする方法
- スケールが弾きやすくなる方法
- 手首が固くなったり痛くなったりしない方法
- 小指や親指が動かしやすくする方法を学びます。
2019年8月25日(日) 9:15-11:45 横浜・大倉山グループレッスン
2019年8月26日(月) 14:00-16:30 東京・荻窪グループレッスン
2019年9月11日(水) 19:00-21:30 東京・荻窪グループレッスン
アレクサンダーテクニークを使って、首を楽にして、腕の動きを改善し、道具や人に腕の重さを適度に伝える
アレクサンダーテクニークの原理を使って、ピアノ奏者の場合は上行・下行、トレモロ、トリル、フォルティッシモを楽に弾く。腕の重さで弾くことを(重量奏法・重力奏法)理解する。
2019年9月29日(日) 9:15-11:45 横浜・大倉山グループレッスン
2019年10月16日(水) 19:00-21:30 東京・荻窪グループレッスン
2019年10月21日(月) 15:00-17:30 東京・荻窪グループレッスン
アレクサンダーテクニークを使って、腰・膝・股関節・太もも・すね・ふくらはぎの違和感・痛み・ひどい疲れ、外反母趾・内反小趾を改善する
アレクサンダーテクニークの原理を使って、ピアノを演奏する方の場合は以下を学ぶことができます。
- 上行・下行を楽にする方法(股関節からのアプローチ)。
- ペダリングを楽にする方法。
2019年10月27日(日) 9:15-11:45 横浜・大倉山グループレッスン
2019年11月20日(水) 19:00-21:30 東京・荻窪グループレッスン
2019年11月25日(月) 14:00-16:30 東京・荻窪グループレッスン
随時さまざまなテーマで、月に4回東京と横浜のグランドピアノのある音楽スタジオでグループレッスンをしています。またグランドピアノやアップライトピアノのあるスタジオで、随時アレクサンダーテクニークの個人レッスンを行っています。
詳細はこちらに。
こちらもあわせてご覧ください。
ピアニストの方に-演奏中の腕・肩・首・腰への負担を減らしたい方、運指を改善されたい方、オクターブの連打が苦手な方、重量奏法・重力奏法を身につけたい方
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