アレクサンダーテクニーク教師の動きと姿勢の定義-頭は全身の”動き”をリードするのか?

アレクサンダーテクニーク教師のなかには、「頭がリードして全身がついていく」と言う人がいる

アレクサンダーテクニーク教師の本やブログに、「頭がリードして」と書かれていることがあります。

かく申す私も以前は、”デリケートに頭がリードして、「からだ」ぜ~んたい”がついてくる”と教えることもあります(マージョリー・バーストウの系統の方たちのなかにこのように教える人たちがいます)。

現在私は、レッスンを受け始めた生徒さんには「デリケートに頭部(の重心)を”解放”して・・・」か古典的に「首が自由に、頭が前に上に・・・」と教えます。

どうしてそうしたのかというと、頭がリードしてと言って教えると、次にその生徒さんにお会いしたときに、なかには文字通り頭がリードして動いてしまう方たちがたまにいらしたからです。

勘違いされた生徒さんたちの動きがとてもコミカルで、奇妙で、そしてまったく機能的ではなくて。。。それで「頭がリードして」と言うのを初心者向けには言うのをやめました。

アレクサンダーテクニーク教師と生徒さんたちとのあいだで異なる「動き」と「姿勢」の定義

どうして勘違いが生まれるのか、それは「動き」の定義がアレクサンダーテクニーク教師と生徒さんとではまるで異なるからです。

もし私たちが4つ足動物であれば、このような混乱は生まれなかったでしょう。

なぜならば4つ足動物までは、頭がリードする方向と身体の進行方向が概(おおむ)ね一致していたからです。

しかし、直立2足歩行をはじめてから、歩く・走るのさへ、「からだ」を自由にする頭の方向と運動の方向は乖離しました。

しなやかに動くことができるために、全身のどのパーツにも下方向に働く重力に対抗することが最大の課題になったのです。重力に対抗するためには、動きを担いながら 身体を支える抗重力筋(運動学の概念)の働きが必要になります。

5キロほどの重さのある頭部の乗せた背骨(脊柱)で全身を支える必要が生じましたが、重力に対抗して身体を支えるために、多くの人は常に背骨周辺の筋肉を過剰に緊張させて姿勢を維持しようとする傾向があり、特になにかをしようとしたときに、あるいは動こうとしたときに、その傾向は強くなり(おそらく転倒防止のため)、動くことをさらに困難にしてしまいます。

しかし、本来、姿勢とは動きの軌跡の瞬間を切り取ったものでした。それが私が思うところのアレクサンダーテクニークの姿勢の定義です。

そうであったのに、多くの方は、作り上げてた姿勢と作り上げた姿勢とのあいだで無理矢理移行することが動きになってしまっている。

けれども、本来姿勢とは鋳型に押し込んだ形ではなくて、重力という外力に対応してしなやかに対応する動きの連続の瞬間を切り取ったものです。

要するに、アレクサンダーテクニーク教師が特に重要視する動きとは、

  1. 重力という外力にどのように対応して頭や背骨が動くのかということ
  2. 四肢の動きに頭や背骨の重力と言う外力に対応するための動きが阻害されていないかどうかということ

になります。

重力に対応するための頭や背骨の動きを改善しないままに、その他の動きを改善しようとしても、すべてのその場しのぎにすぎず、根本的な解決にはなりません。少なくても、この地球の重力下では。

アレクサンダーテクニークで重力への対応が変わると、全身に力の通り道が開く

動きをリードするのは、動きによっては、手の指先だったり、足の指先だったり、肘だったり、膝だったり、腰だったり、動きによって、さまざまです。どのような動きをしてもよい。私たちの動きには自由が与えられています。

そう言えば、2003年だったかな、アレクサンダーのベテランの教師のルシア・ウォーカーさんのムーブメントのクラスに参加したとき、動きがリードするところをどんどん変えていきながら指示していました。とても面白かったのですが、今から考えると、遠まわしにバーストウのディレクションに対するアンチ・テーゼを提出されていたのかもしれません

アレクサンダーテクニークの実践を通じて得られるものは、どこか(特に腕や脚のどこかの部分が)の動きを過剰に重要視するために、全体性が損なわれ(頭や背骨が重力にしなやかに対応できなくなって)、動きが「からだ」のどこかで途切れること(固めた姿勢と固めた姿勢のあいだの動きがある状態)を防ぐことです。つまり、「からだ」のなかに”力”の通り道を開いたまま動くことです。

たいていの活動で頭は、一般的に言われるところの動きをリードしません。そうではなくて、コーディネーションを、つまり動くときの全身のつながりを、あるいは重力にしなやかに対応して様々な動きの変化に対応できるために伸びやかになることを頭はリードするのです。

そうすることで、動きことによる負荷は、身体の部分に集中せずに、全身に分散されます。

もし「からだ」のなかの力の通り道が塞がれたら、身体の部分への負担が増えます。

代表例は、ピアニストの肩や腰の違和感、ヴァイオリン奏者の首や肩のコリ、ダンサーたちの腰や背中の違和感・・・

そのような”滞り”は重力という外力への対応の仕方の誤りが原因です。その結果、負担が身体の限られた部分に集中する。そのような負担を軽減して、より自由になることにアレクサンダーは役立ちます。それは重力という刺激への対応の仕方(反応)を変えることによって可能になります。

具体例はアレクサンダーテクニーク教師の腕の重さで弾く–重量奏法・重力奏法に関する考察

いちアレクサンダーテクニーク教師として、「誤解を生まない言葉はない」と思う

1999年5月にはじめてキャシー・マデンさんが私の通っていた教師養成コースを訪れて、当時彼女は

”Ask ease your neck, head move,all of you follows”と指示していました。

ある生徒「伝統的なディレクションの言葉を使わないのはなぜ?」

キャシーさん「頭を前と上に引っ張りあげようとする生徒が多いから」

私の横には、当時私がトレーニングコースに行きながら、個人レッスンを受けていた、ある外国人のアレクサンダー教師がいました。仮にシロクマさんという名前にしておきます。

彼は私に囁きました

シロクマさん「ヒロ、彼女の言うことはおかしい。なぜならば頭を動かすことだと誤解する人だって、きっと現れる。誰かが間違えたからといって、それを誤りというのはおかしい。」

確かに彼の言うとおりです。

アレクサンダー教師は、いつも自分の言葉が誤解を与えることを承知の上で、なるべく誤解を与えない言葉を選ぶ必要がありますし、それでも誤解をする人はいるのだということを知っておく必要があります。

コラムの目次はこちらに。

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ABOUT US
かわかみ ひろひこアレクサンダーテクニークの学校 代表
第3世代のアレクサンダーテクニーク教師。2003年より教えている。 依頼人である生徒さんへの共感力、課題改善のための活動の動きや言葉に対する観察力と分析力、適確な指示、丁寧なレッスンで定評がある。
『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなる からだ作りワークブック』、『実力が120%発揮できる!緊張しない からだ作りワークブック』(ともにヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)の著者。
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