越後上布の伝説から考える、指導の仕方&アレクサンダーテクニーク教師の選び方

私の父は転勤族で、2年に1度転勤しました。私が中学生になって以降は、東京近郊の転勤だけになりましたが、幼い頃は、あちこちの土地に住みました。

 

小学校4年生、5年生の頃、私は新潟市に住んでいました。浜浦小学校という、新潟地震の直後に開校した、素敵な木造校舎2階建ての小学校に通いました。

 

小学校4年制の時、社会の時間に、越後上布とも言われる小千谷縮(おじやちぢみ)にまつわるを学校で習いました。

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あるところに、きつい姑と他の村落から輿入れした嫁がいました。娘の出身のむらでは小千谷縮を作っておらず、彼女は作ることができませんでした。

 

小千谷縮を作れない嫁など一家の恥という共通の考え方をする村で、彼女の肩身は狭く、来る日も来る日も、姑から厳しい修行を課せられました。

 

そのお嫁さんが課せられたのは、機を織ることだけではありませんでした。糸作り、糸を染める、そして機を織る。

 

しかし、姑さんの満足する布を織り上げることはできず、、いつもいつも叱られ続けました。

 

あるとき、おばあさんは庄屋さんから、お嫁さんの布のほめられます。村一番だと。お姑さんは喜びました。

 

そうです。お嫁さんは、すでに村一番の織り手になっていたのです。

「ああ、きびしく仕込んだかいがあった」

喜び勇んで、家に帰りました。今日はお嫁さんを労うつもりでした。

 

ところがうちに帰ると、お嫁さんの冷たくなった体が横たわっていました。

娘さんは、まったくうまくいかないプレッシャーに耐え切れず、自ら命を断ったのでした。

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そのお話を聴いて、けっこうショックだったのを覚えています。

 

なにごとであっても、芸事や技術の修得において、修行は必要です。
クリアする課題も多くあります。

 

しかし、きつい指導を受け続け、ストレスが溜まり、それがトラウマになると、私たちが持っている強さ、機智創造性や諦めずに前進してゆく強い気持ち、などのリソースアクセスできなくなり、成長できなくなったり、生き生きと生きていけなくなるのです。

 

それでも、芸事や技術をその先生から学ぶことが、いろいろな理由で選択されたのでしたら、

学ぶものが教える人よりも賢くなるために、そして自分自身のリソースとつながりを保つために、アレクサンダーテクニークのレッスンを受講されることをお勧めします。

 

けっして、選んではいけないアレクサンダー教師

1.生徒さんを笑いものにする

2.生徒さんにきつい言葉を投げかける

3.逃げ切り型のレッスンをして、複数に渡るレッスンに連続性がない

4.文章で、煽ったり、誇張したりすることをよく行う。

5.自分のレッスンがいちばん。。。ということをよく言う。

1-4は、アレクサンダーテクニークの基本である、インヒビションを-私たち自身に時間的・空間的時間を与えることによって、私たちのリソースとつながり続ける-学ぶことはできません。固まってしまいます。

5は、そういうことは言葉で言うのではなくて、レッスンの結果で示すのが、アレクサンダーテクニークの原理に照らし合わせても建設的なやり方です。

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