アレクサンダーテクニークのレッスンを熱心にご受講くださっている、ボサノヴァのフルート奏者大久保はるかさんによる、日本フルート協会会報に掲載されたアレクサンダーテクニークのレッスン・レポートその1です。
大久保はるかさんと日本フルート協会のご厚意により、転載させていただきます。
引用元 日本フルート協会会報 No.231 2012年4月号
フルートとアレクサンダーテクニーク 1
以下、アレクサンダーテクニークのかわかみ先生に原稿をチェックしていただき、なんと註釈まで付け加えて頂いた完全原稿です。
どうでもいいけど註釈付きって、なんかカッコいいねっ(笑)
うすぺらい原稿の内容が、なにやら急に格が上がったかのような・・・・もちろん錯覚ですけど~(笑)日本フルート協会会報(2012.4.20.配布)に掲載される予定のものです。
《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 1 》 大久保はるか(No.5357)
私はフルート演奏における身体コンディション調整のため、アレクサンダーテクニークというボディ・ワークを学び始め2年半を過ぎたところです(現在アレクサンダーテクニークをかわかみひろひこ氏に師事)。
このワークから多大な恩恵を受け約2年半、最近では徐々に自身の演奏スタイルの中に取り入れることが出来るようになってきました。
日本ではまだまだ一般的認知度が低いと思われるアレクサンダーテクニークですが、私の記事を通じて少しでもご興味、ご関心を持っていただけるフルーティストの方がいらっしゃれば光栄です。私のレッスン体験談を日記形式で書いてゆこうと思います。
1月11日 アレクサンダーテクニークの個人レッスン
年明けの初レッスン。まずは、今年からアレクサンダーテクニークのレッスン受講記録をフルート協会会報の記事にしたい、という旨をかわかみ先生にお伝えした。
学術的に間違えたようなことは掲載出来ないので、下書きの時点で一度原稿チェックをお願いしたいと申し上げたところ、先生はご快諾下さりました。
アレクサンダーテクニークは、フェルデンクライスメソッド、ロルフィング、ピラティスなどと並ぶ、西洋の伝統あるボディ・ワーク。(註1)
私たちは、生まれてから大人になる過程において、自身ではすでに十二分に分かって使いこなしている筈の『自分の体の使い方』というものを、あえて新しい視点で見つめ直し、より快適な使い方を探ってゆこう、というようなワークです。
具体的なアプローチの仕方は、チェアワーク(イスに座ったり立ったりする)、ウォールワーク(壁を使って行うワーク)、ランジ(フェンシングの突きに似た動きをする)などのプロシジャ(手順)と言われるワーク、テーブルワーク(テーブルや床の上に横たわる)、アクティビティ(楽器演奏やダンスなど、特定の動きをする)などなどあるが、かわかみ氏の個人レッスンの場合はその日やりたいワークを自分で選択することが多い。
先生「今日は何かテーマ(やりたいこと)はありますか?」
私「今日はバスフルートを演奏したいと思います」
その前日、家でバスフルートの練習をしていて、とても気になることがあった。中音域C♯音(Cis音)の音程、および音色が上手く作れない。D音から半音下がってなめらかにC♯音につなげる作業が、フルートのそれと比べて比較にならない位難しく感じるのだ。
まずは昨日の練習通りの吹き方で、中音域レ~ド♯をスラーでつなげて吹いてみる・・・・・
私「レの音というのは、指を押さえる箇所が多いので、それがある程度楽器を支えていることになっているのだと思います。
ところがド♯の指使いは、右手小指以外は全部キーから離さないといけません。
それで、ド♯に移行した時、楽器そのものの重量が、急激に下の方向へかかるような感じで、口元がぶれてしまい、ド♯用のアンブシュアが即座に作れないんです」(私のバスフルートは座奏用の補助棒は付いていないタイプ。この日も立奏する)
先生「つかぬことをお聞きしますが、そのバスフルート、もしもヤジロベエのようなものだと見立てた場合、左右でつり合いがとれる場所は、どの辺りなのですか?」
私「・・・・!?えっ?ちょっと待ってください、そんな風に考えたこと今までなかったもので・・・・」
左手で楽器を軽く持ち、右手を足部管から胴部管の方へゆっくりと移動させ、左右の重さのつり合いがとれる場所を探していった所、どうやらGキー、Gisキー周辺の下の所あたりに左右の重心があるような感じがあった。
先生「そうですか。その辺りに重心があるのですね。それではもう一度演奏してみてください」
すると、一度目に比べ楽器のコントロールがしやすくなったので驚いた。口元がぶれてしまう事が恐いド♯だが、その瞬間は多少のぶれがあったとしても、楽器本体にはヤジロベエの様にすぐにバランスを取り戻す場所が存在している、という現実、事実、を再認識した時、楽にして良い演奏ができる事があるのか。
1月23日 アレクサンダーテクニークのグループレッスン
かわかみ先生のグループレッスンシステムはとてもオープン。基本的に随時受講可能のワンレッスン制なのでその日集まった生徒さんたちがその日限りのクラスメイト。
毎回初対面の人が数人いるこのグループレッスンはとても刺激的。 この日は私を含め受講者は7名いた。ピアニストが3名、バレエ・ダンサー、太極拳の先生、鍼灸師、と私。男性3名、女性4名。年齢差もある7人。
グループレッスンが面白いと思うのは、職業や年齢がバラバラでほぼ初対面のグループが『からだの使い方を考える』という視点だけで深くつながること。そこにはとても不思議な輪が生まれる。
グループレッスンでは皆でやるワークの他、アクティビティを行うミニ個人レッスンの時間がある。各自その日やりたい活動を先生に見てもらい、他の生徒さん達は見学する。私はこの時間はフルートの演奏を見てもらうようにしている。
今回はフルート協会会報の記事にするため!と張り切って臨むべき筈のグループレッスンだったが、あろうことか数日前から風邪を引いてしまい、前日まで寝込み、結果病み上がりの最悪コンディションでの受講となってしまった。
「すみません、音が出るかどうかすらも分かりません」
とお断りをしてからライヒャルトのエクササイズの触りを吹いてみる。
先生「吹いてみてどんな感じですか?」
私「まあ、昨日よりは少しはマシかと・・・でもあまり良くありません。コンディションが悪い時はまず低音が鳴らなくなります。あと、息が上がってしまい、ブレスが続かなくなります」
先生「(一度フルートを置いて)ランジをやってみましょうか」
ランジ lunge とは、英語でフェンシングなどの突き、を意味する。アレクサンダーテクニークではオーソドクスなワークのひとつ。フェンシングのような動きをして、自己のからだの使い方を見直してゆくワーク。フェンシングをする時のような構えをしつつ、右足をポン、と軽く前に出す。そのまま、右足から両足、左足へ、左足から両足、右足へ、ゆっくりと身体の重心移動をしてゆく。
このワークをするひとつの目的は『股関節周辺の筋肉の解放』にあるようです。股関節周辺は、脚を動かす大きな筋肉が集結している場所で、とても重要。中には背中の方、腰椎までつながっている筋肉(註2)もあるため、うっかりすると腰痛の原因を引き起こしてしまうこともありうる。(註3)
また股関節周辺の筋肉は、日常生活を送る上で知らず知らずのうちにギュッと固めてしまったり、またその事に気づきにくい箇所のようで、ランジというワーク(註4)はそこに柔軟性をもたらすためのひとつのアプローチといったところ。
先生の指導の下ランジの動きをやり、その後もう一度演奏してみる。すると大きく自分の演奏が変わった。 無理をせず mf の音量が出せるようになり、ブレスも楽。俄然楽器をコントロールしやすくなったから驚きである。
ランジの動きを行い、再びフルートを演奏するまでにかかった時間はわずか1分程度。こんなにも短時間で病み上がりのリハビリと楽器のウォーミングアップが同時に出来てしまうことがあるのか・・・・・
1月25日 アレクサンダーテクニークの個人レッスン
前日、一日中パソコンに向っていたら目の奥が痛くなる位に疲労していた。
その旨を言ったら、この日は目に関するワークを行うことになった。
目を軽く閉じて、先生に手を引かれ部屋の中をゆっくり歩く。その間、自分の眼の器官をひとつずつイメージしてゆく、というもの。『網膜』『水晶体』『眼房 がんぼう』『硝子体 しょうしたい』『眼筋 がんきん』など、眼の中のどこに位置するか、どんな機能があるのか、など具体的な説明を受けてゆく。
ものの数分で、何故か涙目になる。その後閉じていたまぶたが一瞬痙攣したかのようになり焦ったが、すぐに元に戻る。眼の器官をイメージすることによって、各器官がなんらかの反応をしているようだ。
しばらくして歩くのをやめ、目を開けてみる。見る物が新鮮に感じる。
先生が「良かったらフルート吹いてみますか」とおっしゃるので楽器を出す。
・・・・あまりにもすんなりと音が出る。まるでウォーミングアップ後のコンディションになっている自分にびっくりしてしまった。
「あのう、自分の目の玉に対するイメージですが、疲れている時は、『固くて冷たく、小さいビー玉』のようなイメージ、今のようにリフレッシュすると、『野球ボール位の大きさ、潤って柔軟性があるようなもの』のイメージに変わります。なんだか『顔の半分ぐらいが目』の自分がフルート吹いてる、みたいな・・・」
と申し上げたら、先生に笑われてしまいました。
2月8日 アレクサンダーテクニークの個人レッスン
先回レッスンからこの2週間の自分の暮らしぶりを振り返ってみるにつけ、アレクサンダーテクニークからは遠くかけ離れたところに意識が行ってしまっていたことに気がついた。
私事だが、今年9月に新アルバムをリリースする予定で、その製作、発売記念ツアー関係、その他のマネージメント業務でとても忙しかった。とはいえ具体的な作業としては、家の中でパソコン、携帯、電話、FAXなどをひたすらいじっているだけだったので、一日の運動量としてみたら逆に普段より少なくなっていたのかもしれない。
誰でも心当たりがあることだと思うが、『先方のお返事待ち』、『書類審査の結果待ち』、などの状況下においては、とても心が不安定になる。考えても仕方のないことだとは分かっている筈だが、つい、『もし吉と出たときのシュミレーション』『もし凶と出たときのシュミレーション』を頭の中であれこれと思いめぐらせてしまい、とても疲れてしまう。
このような状況においては、気持ちを落ち着かせて楽器の鍛錬に励む、という行為がとても難しく感じてしまうのだ。
先生「心が落ち着いている時は、からだも落ち着いている時ですよ」
という一言にハッとした。 たしかにそうかもしれない。気持ち mind が不安定に思う時は、からだ body を丁寧にケアする気持ちも乱れる。注意力が散漫になり、結果、どこかにぶつけたり、転んだり、ひねったりしてしまうこともある。
『歩く』、というワークをした。部屋の中をまっすぐ数メートル歩く。その後真後ろに振り返ってまた数メートル。
ターンをする際、私たちが無意識にやりがちなことがある。右から振り返る時は身体全体が進行方向の右側だけに!ついていこうとし過ぎてしまう、ということらしい。その結果、無駄に大きく回ってしまう、すばやく動く筈が逆に時間がかかってしまう、ような場合がある。
ターンをする、まさにその瞬間、一見あまり関係ないと思われるようなところ、実際動いてゆく方向とは反対側(右に動く場合、身体の左側)を『残しておく』ようなイメージを持つと良い、ということであった。
これをアレクサンダーテクニーク用語でオポジション opposition という。単語としての意味は、【向かい合うこと、~と向かい合った状態、位置。】
アレクサンダーテクニークでは、『例えば右側に振り向くときに、意識がすべて身体の右側だけに行ってしまわないようにオポジション(身体の左側)を大切に』といった言い方になる。
オポジションを思いやる。ほんの少し心のゆとりが生まれる。たったそれだけのことで実際の自分の動きがとても楽になる。そして自分の動きが楽に感じてくると何故だか気持ちも浮上してきて、メンタル面も楽になってゆく。
2月13日 アレクサンダーテクニークのグループレッスン
この日のアレクサンダーテクニークのグループレッスンの受講者は私を含め合計6名。ピアニスト2名、指揮者の卵の方、太極拳の先生、バレエ・ダンサーの方、私。自分とは初対面の方々が2名いらっしゃった。 先回からの顔なじみの方々が多く安心感があったせいか、レッスン冒頭の自己紹介のコーナーでは割と落ち着いて話が出来たような気がする。
各自己紹介の時間が終わると、イスにすわったり、立ったり、歩いたり、というワークをする。ひとりずつ順番に先生からチェックやアドバイスを受ける。
チェック、アドバイス、といっても、例えばファッションモデルさんのようなカッコの良い姿勢、歩き方を学ぶ、という訳ではない。自分にとってより快適で身体への負担がよりかかりにくい姿勢、歩き方を先生と一緒に探る、というような内容。
アレクサンダーテクニークのレッスン冒頭は、こうした誰でも日常よく行う動作のワークから入ることが多い。
実はレッスンを始めた2年半前当初、立ったり座ったり歩いたりする動作と、フルート演奏との関連性が全く見えずにいて苦しんだが、最近やっと自分の中でつながりが見え始めてきた。
楽器の練習というのは、やりにくい、難しい、出来ない部分を出来るようにしてゆく事だと思う。ところが、難しいと感じた時、身体もどこか身構えるように固くなってしまい、結果、いくら良い練習方法を選択し実践していたとしても、練習回数を経るごとに何故かより出来なくなっていくような、残念な方向に向ってしまう時がある。
これと同じような身体の硬直(緊張)は、実は私たち日常のなにげない動作の中で、無意識に、しかも頻繁に起こっているらしい。その不必要な緊張を解くためのアドバイスをしてくれるのがアレクサンダーテクニーク教師。 ハンズ・オン Hands On といわれるアレクサンダーテクニークの技法がある。
教師が軽く生徒にボディ・タッチをし、身体に対する新しい気づきを促す。実際ハンズ・オンをされると、「あ、自分の頭蓋骨はここにあって、首はここから始まっていて、あごはここにあって、頚椎はこのような可動性があって・・・」など、瞬時に確認が取れたような感覚。
自分の動きがより軽く感じる。肩こりや腰痛など無縁だった小学生時分の身体感覚が舞い戻ってきたかのようで心躍る。 そして、その軽くなった自分のまま楽器を演奏してみると、それはそれは開放的な音が出ることがありうるのだ。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこ氏による註釈
(註1)アレクサンダーテクニークは、F.M.アレクサンダー(1869-1955)によって発見され、彼や彼の後継者によって発展したワーク。「自分自身」=「からだ+こころ+霊性」の使い方=刺激に対する反応の仕方や、動き方を変えることによって、「からだ」の快適さや運動能力や表現力の向上に役立つと言われている。ソマティック・エデュケーション(身体教育)のひとつ。日本語ではボディワークと呼ばれることもある。
フェルデンクライス・メソッドやロルフィングの成立に大きな影響を与えたことでも知られている。
(註2)体の正面に、腰椎から骨盤を通り越して太ももの骨につながる大腰筋と、背中側のお尻から太ももの骨につながる大臀筋など。
(註3)うっかりすると、腰部を膝の曲がる方向に押し下げ、活動中やただじっとしている時に腰に負担をかけて、腰痛を引き起こすこともありうる。 アレクサンダーテクニークには、腰痛などの背中側の痛みに対するエビデンス(科学的証拠)がある。
British Medical Journal ( Published 11 December 2008 ) に掲載された。
(註4)正面を決めてから、一方の足を正面に対して45度傾ける。その足の土踏まずの前あたりに、他方の足を置く(「他方の足」が前に置かれる)。胸・お腹・お臍を正面に向ける(股関節をそのように曲げる)。
そして少し待って(インヒビション)、ご自分自身に方向(ダイレクション)を与えてから、前におかれた足を一歩前方に踏み出す。この時前の脚の膝は曲がり、後ろの脚の膝を伸び、後ろに置かれた足の裏は着地したまま。
そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、前方の脚の膝を伸ばす。
そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えて、後方の脚の股関節が解放されてから、股関節と膝関節と足関節を曲げる。このときにはとくに腰部を後ろの膝が曲がる方に押し下げないように注意する。
そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、後方の脚の膝を伸ばす。
そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、前方の脚の膝を曲げる。このとき腰部やお腹のあたりを前に突き出さない。そして前方の脚の太ももは長いまま。 このプロセスを繰り返した後、
最後にインヒビション→ダイレクションを与えて、後方の脚の股関節が解放されてから、股関節と膝関節と足関節を曲げ、
そしてインヒビション→ダイレクションを与えて、前方の脚の膝から下を後ろの足の方に寄せ、そしてインヒビション→ダイレクションを与えて立ちあがり、足の位置を楽な位置に戻す。
インヒビション:何かをしようとする瞬間に、自分自身に少し時間を与えて、余裕を取り戻すこと。
ダイレクション:首が自由になることを許します。それがどんなふうかと言うと頭が前に上に、それがどんなふうかというと背中が長く広く、それがどんなふうかと言うと、両方の膝が前にそして互いに離れていく。すべては同時にそして順番に。実際に使うときには、その方向を瞬時に全身に与える。
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