はじめに
この文章は、私や他のアレクサンダーテクニーク教師のレッスンをご受講されて、
「今、なにに気づかれましたか?」
と質問されて、
- 当惑された方
- その質問が苦手な方
- どうしてその質問をされるのか分からない方
のために書きます。
マインドフルネスや心理臨床の著名人のカール・ロジャーズの主導したウィスコンシン・プロジェクトにも言及しています。
アレクサンダーテクニークのとあるレッスンでの生徒さんのご質問と私の答え
数ヵ月前のお話ですが、以前から私からアレクサンダーテクニークのレッスンをご受講されていた生徒さんが、オンラインのグループレッスンをご受講されて、そのときに私が
「どのようなことに気づかれましたか?」
と質問したところ、
「私はその質問がとても苦手です。どうしてその質問をされるのか教えていただけませんか?」
と逆に質問されました。
私は、
私たちが経験した変化に気づかないと、
- その変化を身に着けることはできないから
- 自分で引き起こすこともできないから
と答えました。
生徒さんからは、
「そうだったんですね。もっと早く質問したらよかった。なにか正しい答えを求めあれていると思って、その質問が苦手だったんです」
とおっしゃいました。しかし、本来はアレクサンダーテクニーク教師の私がもっと早く申し上げるべきでした。
ちなみに後日この話を別の生徒さんにお話ししたところ、
「はじめは、正解を求めらえているのかなと思ったのですが、グループレッスンで他の方たちがかなり自由に気づいたことをお話しされていて、みなさんかなり異なったことをおっしゃるけれど、それに対して先生(かわかみ)が批判をされるわけではないので、正解を求められているわけではないことに気づきました。
そして、私も楽器のレッスンの講師をしていて、最近は小学生にも、中高年の方にも、気づいたことをお聞きしていて、生徒さんたちが気づくことができるようになると、生徒さんが上達しやすくなるように思います。たぶん質問するようになったのは、先生(かわかみ)の影響です」
アレクサンダーテクニークのバーストウ系の教師だけがこのような質問をするのかも。。。
ところで、私の最初のアレクサンダーテクニークの個人レッスンの先生はスイス人で、マクドナルド先生の孫弟子にあたる方でしたが、ほとんど無言でレッスンをされていましたし、このような質問は1997年当時はされませんでした。
よく考えたら、このような質問をするのは、私のメインの先生たちの先生のマージョリー・バーストウ先生の影響を受けた人たちだけかもしれません。
私はマクドナルド先生の系統のレッスンも好きで、受ける機会が多かったのですが、そう言えばあまり訊かれなかったように思います。
だから上記のような質問を受けた経験のある方は、もしかしたら、バーストウ系のアレクサンダーテクニーク教師からレッスンを受けた可能性があります。いや、カリントン先生のお弟子のヴィヴィアン・マッキー先生からも、言われたかも。。。仮に違ったとしても、少なくても、私の脳内記憶では、もし彼女がおっしゃらなかったとしても、そのように補われています。。。
もっとも効果的に先鋭的に、こういった質問を使っていらしたのは、ニューヨークのACATご出身の京都の芳野香先生でした。
そうなると、必ずしもバーストウ系のみの特徴ではないですね。
アレクサンダーテクニーク教師のマージョリー・バーストウ先生のエピソード
アレクサンダーテクニーク教師のマージョリー・バーストウ先生(1899-1995) がパリで教えたときのビデオを見たことがあります。見たのは、2005年の秋でした。VHSのビデオ。あのビデオを見た方は少なかったでしょうし、もしDVDやハードディスクにコピーしていなければ、あのデータは失われたかもしれません。
そのビデオでマージョリー・バーストウ先生が車座に椅子に座った生徒たちに(ほぼ全員がアレクサンダーテクニークの教師であったが)、後ろからワークして、ひとりひとり回りました。ひとり終わるごとに、
”How do you feel?”
「どんなふうに感じてるの?」
という質問をします。そして、
「そろそろ休み時間にしようかしら?」
とおっしゃいました。
すると、ふたりのオーガナイザーのうちのひとりの男性が
”I have a question. If the sensory apreciation is not releiable,why do you say “How do you feel?”
「質問があるのですが。。。もし感覚的評価があてにならない※のであれば、なぜあなたは”なにを感じたの?”って聞くんですか?」
と質問しました。おそらく受講者の替わりに聞いてあげたのでしょう。
「この感覚的評価があてにならない」というのはアレクサンダーテクニークの原理の1つで、意味については下記をご参照ください。
アレクサンダーテクニークの7つの原理Seven Principles of the F.M.Alexander Technique – as for example
マージョリー・バーストウ先生は、
”Because it’s useful for thinking.”
「それはthinkingに役立つからよ」
と答えました。
このthinkingはアレクサンダーテクニークの界隈で、「思うこと」と翻訳されることが多いのですが、もちろん普通の意味で「思う」ことではありません。
むしろ、私たち自身が気づいて、私たち自身が変えていくという意味です。あるいは アレクサンダーテクニークのインヒビション&ディレクション&活動のプロセスだと考えていただいてもよいです。
そして、私の先生たちは、feel(感じる)という言葉は上記のアレクサンダーテクニークの原理との関連で混乱を招きやすいので、notice(気づく)という言葉を使うことが多いです。私自身もそうです。
アレクサンダーテクニークのレッスンで、気づきについて質問することにどのような効果があるのか?
ではレッスン中になにがしかの変化が起きたときに、何に気づいているのかということを質問することについて、どのような効果があるのかについて、別の分野や脳科学の知見を利用して検討します。
結論を先に言うと、とても素晴らしい効果があります。
フェルトセンス:ウィスコンシン・プロジェクトの成果
カール・ロジャーズという心理臨床家がいまして、共感を持ちつつ傾聴する心理セッションで、コーチングにも多大な影響を与えた、とても著名な方です。
そのロジャースさんが、統合失調症の方で、寛解された方たちについて、ウィスコンシン・プロジェクトという大掛かりな調査を行ったところ、次のようなことが分かりました。この研究成果は、1967年に発表されました(参照 ウィスコンシン・プロジェクト)。
- セラピスト側の共感的・非指示的なセッションだけでは不十分であった
- うつ病が寛解されたクライエントの方たちは、次のことを語った
「治療関係から新しく重要な体験が生じた」ことを語った
「感情を直接的に『表現した』」
「感情について『報告した』」
引用元 ジェンドリンはこうやってロジャーズに背中を後押しされた
大ざっぱな説明になりますが、これら3つのことを、プロジェクト当時ロジャーズの弟子であったジェンドリンは、フェルトセンスと呼びました。
そして、ジェンドリンが体系化したフォーカシングや、その前後に成立したソマティック心理療法(単一のメソッドを指し示す用語ではなく、身体志向の複数の心理療法)もジェンドリンの影響を受けて、クライエントさんのフェルトセンスを引き出すことを重視します。
それらの心理療法では、フェルトセンスの定義がジェンドリンの定義と若干異なることがあります。
例えば、ソマティック心理療法のひとつのソマティック・エクスペリエンシングでは、上記3つ以外にからだの状態についてなにを感じているのかを含み、後述するマインドフルネスのプレゼンスに概念が似ています。
そして、アレクサンダーテクニークのレッスンで、教師が生徒さんに問う質問は、以下の4つに要約することができます。
- なにかが起きたときの、あるいはなにかをしようとしたたきの、からだの状態について
- なにかが起きたときの、あるいはなにかをしようとしたたきの、内面(こころ)の働きについて
- 自分が行ったアクティビティの質の変化について
- 相手の変化について
ちなみに自分の行ったアクティビティの質の変化とは、例えば演奏家であれば、音の質や響きの変化について、尋ねます。
アレクサンダーテクニークで促される気づきが、ソマティック心理療法やマインドフルネスに比べて、私たちの外部との関わりのなかの気づきをもっとも促しますし、私たちのアクティビティの質の変化に対する注意をもっとも促します。
ちなみにマージョリー・バーストウ先生がアレクサンダーテクニークを教え始めたのが、1930年代の終わりからです。彼女がいつからそのような問いを発し始めたのか、もはや確かめようがありません(もしかしたら、A.R.アレクサンダー先生の元でアシスタントをしていたマージョリ・バーストウ先生からレッスンを受け、後にF.M.アレクサンダー先生(1869-1955)から教師の訓練を受けたバス・ガマリーさんがなにかを語っていた可能性はあります)。
マインドフルネス
ヴィパッサナー瞑想から影響受けてアメリカで成立したマインドフルネス瞑想では、プレゼンスを重視します。
このプレゼンスとは「今この瞬間に意識を集中させること」
です(引用元:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 298ページ)。
具体的には、このプレゼンスを心がけるとは、イントロセプションの訓練をすることです(参照:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 301ページ)。
イントロセプションとは、体の発するサインや、体や心が弱っているシグナルを正確に読む能力です(参照:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 200、301ページ)。
例えば、次のような身体感覚に気づくように指導を受けます。
胃がムカムカする
心拍が高まる
皮膚感覚がヒリヒリする
引用元:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 301ページ
アフガニスタンに派遣される予定の海兵隊員320人を対象にした調査では、半数がマインドフルネスの訓練を受けたが(参照:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 301ページ)、
戦闘シミュレーションのあいだも、またその後も落ち着いており、脅威が出現したときの反応も速かった。海兵隊員の脳をMRIで調べたところ、マインドフルネスの訓練を受けた隊員は感情的反応、認知、インテロセプションを統合する脳領域でのストレス関連の活動パターンが少なかった。要するに、脳と身体のつながりを強化すると、身体的にも心理的にもすばらしい恩恵があるということだ、脳を解き放つことが重要なのは、まさにこのためである。
引用:『脳メンテナンス』タラ・スワート著 早川書房 301ページ
セイリエンス・ネットワークが働きやすくなる
先ほどの引用文のなかの脳と身体のつながりを強化するとは、いわゆる身体化(somatizationではなく、enbodiment)のことです。
脳にはさまざまなネットワークがありますが、外界や自分自身の変化に気づくことは、セイリエンス・ネットワーク(顕著性ネットワーク)が担当しています。
このネットワークは、
ぼうーっとしているときに働き、いろいろな記憶や知識の断片を結びつける働きのあるデフォルトモード・ネットワークと、なにかを実行するときに働く、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークとを切り替えたり、結びつけたりする働きがあります。
例えば演奏するときには、私たちの演奏に対する共演者や観客の変化や反応に気づき(セイリエンス・ネットワーク)、ただちにさまざまな記憶や知識の断片が結びつけられ、インスピレーションが訪れ(デフォルトモード・ネットワーク)、そのインスピレーションに気づき(セイリエンス・ネットワーク)、ただちにアレンジして演奏します(セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク)。
参照:『「ポリヴェーガル理論」を読む からだ・こころ・社会』津田 真人 著 星和書房 482から486ページ、『芸術的創造は脳のどこから生まれるのか?』大黒 達也 著 光文社新書 54から56ページ
このセイリエンス・ネットワークの働きをお読みになり、フランク・ピアース・ジョーンズ先生がおっしゃった注意の統一場(意識の統一場)=からだやこころなどの内側で起きていることと外側で起きていることについて同時に注意を向けることを、思い起こした方がいらっしゃるかもしれませんね。
ここまでの話を言葉を変えてまとめると、私たちは気づくことによって
- 私たち自身の”今ここ“
- 過去の経験や知識などの私たちの歴史(過去)
の両方に同時につながるだけでなく、
- 私たちの外側の世界(外界)あるいは外界の情報から眺めた私たち自身—清水博さん風に言えば、場所的自己
- 私たちの内面—清水博さん風に言えば、自己的自己
の両方にも同時につながります。
さて、ジャズやシャンソンやボサノヴァについては、演奏中にアレンジが行われると言われることが多いのですが(科学的な研究でもジャズの演奏がよく取り上げられる-参照:『芸術的創造は脳のどこから生まれるのか?』大黒 達也 著 光文社新書 161から167ページ)、クラシック音楽の場合にも、楽譜に掲載されていない音を増やすことはありませんが、それでも微細に音程やリズムや響きをアレンジします。
もちろん技術がなければ、インスピレーションを実行することはできませんが、アレクサンダーテクニークを使って、演奏の技能を高めれば、その課題はクリアーできます。
結びーアレクサンダーテクニーク教師がレッスンで生徒さんの気づきを促すことで脳も身体も変わる
つまり、アレクサンダーテクニークのレッスンでは、アレクサンダーテクニーク教師が生徒さんが気づきを促す質問をし、生徒さんが自分の変化に敏感になることで、より魅力的にアクティビティを行うことができるようになります。
ダンサーや演奏家は、初めてそこに現れたようなインスピレーションに満ちたダンスや演奏ができるようになる可能性があります。
オフィスワーカーであれば、より創造的なアイディアを出すことができるでしょう。
もっとも気づきについての質問をすればよいというものではありません。
アレクサンダーテクニークのレッスンであっても、ソマティック心理療法のセッションであっても、マインドフルネス瞑想の訓練の指導であっても、
からだに注意を向けるときの注意の向け方について、適切な指示が不可欠になりますし、もし生徒さんやクライエントさんに誤解があれば、指導者は誤解を取り除くための指導をする必要があります。
加えて、アレクサンダーテクニークのレッスンであれば、確実に生徒さんに変化をもたらさなければ、このような気づきを促す質問はなんの意味も持ちませんし、滑稽なだけです。
実際のところ、なぜこのような質問をするのか無自覚に、ただ自分の先生のマネをして、このような気づきをうながす質問を多用しているアレクサンダーテクニーク教師も多いと、よその教室から移ってきた生徒さんたちから伺う機会が多いです。
私自身も生徒さんに変化をより適切な変化をもたらすことができるようになるように、今後も教える技術を深めてゆき、生徒さんのアクティビティに対する理解や、人間そのものに対する理解を深めようと思っています。
この文章については、アレクサンダーテクニーク教師 かわかみ ひろひこ の著作権が成立しています。内容を真似たい方は、この文章をきちんと参照文献に挙げてください。
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