私がアレクサンダーテクニークの学校のウェブサイトを造ったのは、訓練中の2003年でした。本を読みながら、メモ帳というアプリに、htmlのタグを打ち込んで、造りました。

 

(間違いの多い本で、その通りにやってもなかなかうまくいきませんでした)

 

私がいた教師養成コースでは、実習レッスンとして5人の方たちに10レッスンずつするのですが、教師養成コースには1名分のお申し込みしかなく、結局他の4名の方は私のウェブを見て、いらっしゃいました。

 

当時はアレクサンダー教師のウェブ自体が日本にはまだ20個もなかったと記憶しています。

 

そして、レッスンを受けたらどうなるの? ということがまるで書いてありません。

 

そして、ふつうの人が読んだら、意味が分からない言葉が満載でした。人間にはプライマリー・コントロールがあって、云々。
アレクサンダー用語なのですが、言葉の説明もないし、それがアレクサンダーの業界用語なのか? それとも生理学の用語なのかも書いていない。

「アレクサンダーテクニークを使ったら、どうなるか見てみましょう」と書いているだけ。英語で言うと、See if…というセンテンスの訳ですね。

レッスンでそれを言うのは私も好きですが、ウェブに書くか?と奇異に感じました。

とてもファジーでファンシーでした。

 

 

そこで、こういう効果がありますよ的なことを書くと、反響がものすごかったです。先輩教師の皆さんの。

「そんなことを書くのはエンド・ゲイニングだ」
とか
「法的に問題があるとか」ーーちゃんとセーフなラインで書きましたけれど。

 

 

今だったら、まったく問題にならないようなことを書いても、

例えば、

「管楽器を演奏するとき息が吸いやすくなる」とか、

「音の響きが美しく変わる」とか、

そんなことについても、いちいち指摘されて、うなってしまったものです。

 

 

そして、伝系ということも、ワークの歴史についても書かれていないページが多かったです。

F.M.アレクサンダーという人が発見して(いつ? どこで?)、そしてどうしてその教師まで到達したのか?

だから簡単な歴史を書いたら、それについても、クレームが来て。。。内容まちがっていないんですけれどね。

 

 

そして楽器店から講座のご依頼をいただいたのは10年前。それから売れっ子になったら、今度は客観的事実と異なることを言いふらされました。

 

トレーニングコースを卒業していない とか

進級のためのアセスメントに落ちたのに進級したとか(そういう人は実際にいたが私ではない)

卒業までに、実習レッスンのレポートを書かなかったとか

 

 

トレーニングコースの内情を知っている人しかつけない嘘で、出所を見つけて、メモや証言の録音を取りまして、噂の元締め(なんと教師養成コースのディレクター氏だった)に抗議したら、しらばっくれる。裁判にしようかとも思いましたが、それはやめて、私の履歴からその教師養成コースのことは削除しました。

 

卒業生で、最初にこの仕事をメインの仕事に据えて、生活できるようになったのは私でした。こういう叩かれ方をするのであれば、喩え古巣であっても、彼らを宣伝する義理はありませんから。

 

ずっと閑古鳥が鳴いたまま、「先生すごいね」と言ってくれる人が好きなんでしょうね。他山の石にしようと思いました。

 

 

機能していない団体は、あります。機能させようとして、たくさん時間を使って努力しましたが、徒労でした。そして、ようやく気づいたのですよ。私の人生を、私のことを大事に思わない人たちに使う必要はまったくない。

 

 

そういうことがたくさんあったからでしょうね。私はアレクサンダーテクニークの教師のコミュニティがあまり好きではありません。

 

 

ただ、このワークが日本で健全に発展するために、建設的でで機能的な教師のコミュニティの必要性はずっと感じていました。

だから、私自身が新しいコミュニティを造ることにしました。小さくてよいから。

 

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