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はじめに―ボディマッピングについて語る前に
「自己イメージを変えることによって、人生を変えてゆこう」というのが、最近の流行りのようです。「自己イメージをUP」というのもよく見かけます。
あるいは肩こりや首こりや腰痛で苦しんでいらして、一念発起して、スポーツジムでのトレーニングを始められる方もいらっしゃます。
それでうまくいき、満足されている方たちは、それでよろしいかと存じます。
しかし、サラリーマン生活を10数年、そしてアレクサンダーテクニークを教え始めて20年近くが経ちましたが、私が見てきた多くは、
- 自分自身にあるイメージを押し付けてしまった
- 無理やりイメージを実現させた
- 無理やりイメージを自分に押し付けたけれど、なにも実現することができなかった
それによって、肉体的にも精神的にもご苦労をされている方たちでした。
会社員時代には、
- 過労死したり、
- ひどく忙しい時期を通り過ぎた後にうつ病なったり
する方たちも周囲にいました。
そこで、私が提案したいのは、自己イメージを変える前に、もっと私たち自身を深く知ろうということです。
ボディマッピングとは
ボディマッピングについて、概要をまとめると次のようになります。
1.脳の中に「からだ」の地図がある
当たり前のことのようですが、私たちは、「からだ」の大きさに関する認識や、「からだ」がどこで曲がるのかという認識に基づいて動きます。あたかも地図(からだの地図=ボディマップ)があるかのようです。
※脳の中に「からだ」の地図があることは、科学の世界では脳神経科学者のペンフィールドによって発見されました。体性感覚野の地図と運動野の地図です。1937年に発表されました。
現在では、大脳の運動野・体性感覚野だけでなく、大脳基底核・小脳に脳の中の「からだ」の地図があることが科学的に明らかになっています。
そして、この地図は
- 自分自身の「からだ」だけでなく、
- 腕や脚を伸ばして届く範囲お周囲の空間
- さまさざま道具―例えば楽器・自動車・パソコンなど―を使用した活動をするときに、それらの道具にもからだの地図=ボディマップが拡張します。
※脳神経科学(あるいは脳科学)では、私たちの脳にマップされた身体近傍空間(ペリパーソナルスペース、peri-paersonal space)が膨らむと表現されます。
日々の成長や新しい技術の習得過程で、そのマップは適宜修正されてゆきます(脳の可塑性)。
修”正”と書きましたが、誤った地図を新たに身に着ける修”悪”を含みます。
2.からだの地図=ボディマップは誤ることもある
ところがなんらかの事情のため、からだの地図=ボディマップが誤ることがあります。そのために様々なトラブルが生じることがあります。
例えば骨格系のボディマップが誤っていると、動かないところを動かそうとするので、最終的には力ずくで、曲がるところが曲がりますが、次のようなトラブルが生じます。
(1)時間的なロス
動こうと思ってから、実際に動きが始まるまで、時間的なロスが生じます。
(2)力み―支点に関する誤った認識
どこで曲がるのかについて誤った認識があり、その誤りに基づいて動くということは、力学的に言うと支点についての誤った認識を持つことになります。
結果として強弱の繊細なコントロールがしにくくなります。
言いかえると、力(りき)みが生じ、筋緊張が増えるので、表現力・運動能力のパフォーマンスが低下します。
(3)力み―防衛反射による
曲がらないところで曲げるのは、あたかも自分自身に関節技を掛けるような事態です。
そのような事態が起こると、私たちはとても賢くできているので、「からだ」を傷つけないために、ある筋肉たちが曲がることをじゃまし始めます(防衛反射と言います)。
(4)不調や故障―結果として
結果として、指や手足や頭やその他を動かすときに重くなり、筋肉や腱の組織を痛めます。
つまり自分自身のからだを痛めつけることによって、故障や不調の原因になり、ひいてはキャリアを縮める原因になることすらあります。
3.誤った地図は修正できる
そして誤った地図は修正できる。この誤った地図を現実を反映したものに更新するプロセスをボディマッピングと呼びます。
少し注意を払っていただきたいのは、この地図は同じ個人であっても、いつも同じとは限らないことです。
なにか特定の活動をするとき、例えばピアノを演奏するときのみ現れる地図もあります。
したがって、修正する地図は
- (ア)その特定の人物の日常のなかに現れている地図 だけではなくて、
- (イ)なにか活動を始めようとした瞬間に現れる地図
もあります。
例えば、ピアノを弾き始めようとしたときに現れる誤った脳の中のボディマップが存在します。
あるいは
- (ウ)何かが起きた瞬間に現れる地図
もあります。
例えば、いつもきつく叱ってくる会社の怖い上司が目の前に現れたときなど。
アレクサンダーテクニークのレッスンをご受講されたご経験のある方で、賢明な方はもうお分かりのように、(イ)と(ウ)は、アレクサンダー・テクニークで言うところの刺激に対する反応としての癖に含まれます。
(1)の地図の修正に関しては、比較的誰でも教えることができますし、本にも書きやすいのですが、(2)と(3)の地図の修正は、観察力と刺激が引き起こす癖(くせ)をやめることに習熟した、しかも経験の深いアレクサンダー・テクニークの教師以外には困難のようです。
まさにボディマッピングとは、アレクサンダー・テクニークの骨子である癖をやめていくための方法の1つにほかなりません。
また現在普及しているボディマッピングの本には、残念ながらながら致命的な誤りがいくつもあります(著者のバーバラ・コナブル氏に2004年に数通のメールとお手紙で指摘させていただきましたが、お返事はありませんでしたし、その後引退されたので、あの本が修正されることはもはやないでしょう)。
<致命的な誤りの具体例>
・骨盤の傾き
・手首と肘のあいだの前腕の回内と回外という動きの軸
他にも山ほどありますが、長くなるのでここに列挙するのはやめておきます。
ボディマッピングは、ボディマッピングの指導の経験の多いアレクサンダー・テクニークの教師から学ばれることをお薦めします。