アレクサンダーテクニークのベテラン教師のブルース・ファートマン氏のワークショップに参加
1998年の1月。私は横浜で開催されたブルース・ファートマンさんのグループレッスンを受講しました。
まだ東京にはアレクサンダー・テクニークの教師養成コースはなかったし、私も教師になるための訓練を始めていなくて、ただの一般の生徒でした(東京初の教師養成コースは、多田明宏さんがマスタープランを作って、私とふたりで、片桐ユズルさんのお力も借りつつ設立しますが、その話はまた別の機会に)
ブルースさんのワークショップには、いつも京都で教師になるための訓練を受けていらっしゃる方たちがいつも大勢アシスタントとして、いらっしゃいましたが(後年知りましたが、経験を重ねるためでしたので、交通費も宿泊費もすべて自分持ちだったそうです)、そのときも多くの訓練生の方たちがいらっしゃいました。
北村綾子さんもそのなかのおひとりとしていらしてました。受講者おひとりおひとりに、
「私は教師になるための訓練を受けています。手を置いて教える練習をさせていただけますか?」とお聞きになり、同意をいただいてからワークをされていたのが印象的でした。
そのとき私は、”親知らず”が生えてきて、とても気持ち悪くて、そしてからだ全体が気持ち悪くなっていました。
アレクサンダーテクニークの訓練生(当時)の北村綾子さんのレッスンを受ける
「背中側とか全身が気持ち悪いんです」と申し上げたら、綾子さんはテーブル・レッスンをしてくださいました。
当時私はイムレ・トールマンさんから東京で個人レッスンを受けていたので、テーブルレッスンそのものは受けた経験はありました(正確にはフロアー・ワークでしたが)。
綾子さんのテーブルレッスンはとても素敵で、新しい教師たちが京都で育っているのだと思ったのを覚えています。
全体が心地よくなったときに、私の親知らずがまたもや痛みました。私は顔をしかめました。
綾子さんはすぐに気づいてくださり、「どうしたの?」って聞いてくださいました。
「実は親知らずが生えてきて、それですごくここ2日ばかり、からだじゅうが気持ち悪い」と答えました。
綾子さんは「そこに集中しないで、全体に注意を向けて」とおっしゃいました。
彼女の全体性を備えた存在感とその言葉によって、私のからだじゅうにあった違和感は軽減してゆき、ワークショップの2日目はかなり快適に過ごすことができました。
綾子さんのアレクサンダーテクニークのレッスンで、痛いところと全体の両方を眺めるように提案される
綾子さんは、けっして調子の悪いところに注意を向けないように勧めているのではありません。
そうではなくて、調子の悪い情報を受け取りつつ、それよりも幾分か調子のよい全体を眺めていると、からだのなかで、行ったり来たりのリズムが生まれ、そして違和感や痛みが軽減してゆくことがあるのです(もっともできるだけ早くお医者様に診ていただくことをおすすめしますが)。
からだが解放されると、上記の例にあるように痛みが出てくることもありますが、これも行ったり来たりのリズムが動き始めたからです。全体を眺めていると、やがて落ち着きます。
けっして、違和感があったり、調子の悪さを感じているところを仲間はずれ(エクスクルード)にするのではありません。
ずいぶん後に、北陸在住で私のアレクサンダーテクニークのレッスンをたまにご受講されていた生徒さんから、「調子の悪いところには注意を向けないのだ」とあるアレクサンダー教師が書いていたという話を伺ったこともありますが、それはその生徒さんが誤解されているのか、その文章を書いたアレクサンダーテクニーク教師が誤解しているのでしょう。
紆余曲折を経て、私もアレクサンダーテクニークの教師になるためのトレーニングを受け、アレクサンダーテクニークを教えるようになりましたが、あの経験は得難い経験でした。
北村綾子さん1999年にアレクサンダーテクニーク教師となる
その後、綾子さんはアレクサンダーテクニーク教師になられました。1999年夏の彼女のアレクサンダーテクニーク教師養成コースの卒業式にお花のアレンジメントをプレゼントしたら、丁寧なお礼のお葉書をいただき、そこには”綾子のレッスンを無料で1回受講できる券”というのがついていました。
綾子さんはその後雑誌などにも出られて、しばらくご活躍されました。最近はアレクサンダーテクニークを教えていらっしゃらないと伺ったのが2006年頃。今は(2014年)また教えていらっしゃるかもしれません。
アレクサンダーテクニークのワークショップ後に3時間半以上かけて親知らずを抜くことになる
余談ですが、アレクサンダーテクニークのワークショップの数日後行きつけの歯医者で、その親知らずを抜きました。3時間半以上かかりました。麻酔も効きが悪くて。。。その話はまた別の機会に。
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