公開日 2014年2月12日
更新日 2014年8月17日
アレクサンダーテクニークで感情を解放すると称する人がいる
2000年くらいに、”感情を解放する”と称するワークを行いアレクサンダーテクニーク教師がいました。うまく行かなかったので、廃れたのですが。昨年2013年くらいからそのようなワークがまた行われているというお話を、レッスンにいらっしゃる生徒さんたちから伺う機会が増えました。
なかには、そういうワークをやって欲しいというリクエストをされる生徒さんもいらっしゃいます。なんでも、「ステージが上がる」のだそうです。
そういう方たちには、以下の説明をしております。
感情を解放すると称するアレクサンダーテクニーク!?を私が問題にする理由
教えていただいた限られた情報から判断させていただくことになりますが、
生徒さんに余裕を与えずに、他の多くの生徒さんたちが見ている前で、矢継ぎ早に
「なぜあなたはそれをやりたいのか」
「そんなものにいったい何の意味があるのか」
などの存在論的な質問を生徒さんに行えば、事前にじゅうぶんに情報が与えられない限りにおいて、生徒さんは答えられるわけはありません。
そして生徒さんはその教師の矢継ぎ早の詰問によって追い詰められます。
そのようなやり方は。アレクサンダーテクニークのインヒビション(抑制)の原理を学ぶには不適切なやり方です。
アレクサンダーテクニークのインヒビション(抑制)の原理とは、なにかをするときに自分自身に余裕を与えることによって、自らや自らの活動を損なう癖(くせ)に向かう以外の選択肢を見つけることですが、これを生徒さんご自身に身につけていただくためには、レッスンの場は余裕が与えられる必要があるからです。
その”感情を解放する”と称するワークは、アレクサンダーテクニークから来たものではなくて、他所からその教師が持ってきたものか、あるいはその教師の”思いつき”でしょう。ですので、長期間行われてきて、安全性が担保されているワークとは言えないです。
センシティビティ・トレーニングという問題の大きいワーク似ている
むしろそのような”感情を解放する”と称するワークは、1970年代に社会問題となったST(センシティビティ・トレーニング)研修に類似するやり方です。
その特徴は
「我」(統一的な自己認識であり、行為・思考の主体として感じられるもの)を破壊することを目的としている(「心をあやつる男たち」文庫版の斎藤学さんによる後書き)
人工的な葛藤状況を設定し、一種の実験神経症を起こさせる。
{中略}餌や音でレバー押しなどの課題(オペラント条件付け)を学習させられた実験動物は、学習させられた遂行課題が餌という報酬効果を生まなかったり、逆に罰を与えるように条件設定されると、コンテクト(文脈)の混乱(葛藤)に陥り、閉じこもったり、攻撃的になったりする。これがトランス・コンテクスチュアル・シンドローム(文脈交差症候群)である。(「心をあやつる男たち」文庫版の斎藤学さんによる後書き)
私見ですが、それまでの関係の中で、親切に接していた教師から、いきなり余裕を与えられずに存在論的な問を執拗に投げかけられれば、容易にトランス・コンテクスチュアル・シンドローム(文脈交差症候群)は起こりえます。
「自己を守る力を衰弱させ、退行した幼児的依存の生じやすい」環境(「心をあやつる男たち」文庫版の斎藤学さんによる後書き)
人々が物心ついてから常に抱いている、寂しさや欲求不満の感覚がこの場であやつられる。これらの感覚は、母性的・子宮的温もりへの回帰願望に根差すが、ここを衝かれた参加者は大量の涙を流し、それとともにこれまで営々と築きあげてきた自己の境界線は溶け始め、ついに胎児的な自他未分化の融合状態にまでいたる。そこには既に批判的な自己など残っていない(「心をあやつる男たち」文庫版の斎藤学さんによる後書き)。
この種のセミナーにひかれる若い人たちは、自らが帰依する導師とよく似た自己愛的な誇大性の持ち主である。その多くは、初期・早期の家族関係の中で、父親の欠損ないし無力、母親との融合という問題を抱えた人々で、いわゆる「象徴的去勢」を経過していない。何らかの「不幸」を抱えた母親の依存対象になっていて、この体験が母子関係という小宇宙の中だけで通用する幼児的な万能感を成人になってまでも維持させており、それがまた現実生活を困難に感じさせる元にもなっている(「心をあやつる男たち」文庫版の斎藤学さんによる後書き)。
多くの企業が採用したこのトレーニングでは、自殺者が出て、問題視され。やがて企業研修からは消えましたが、その後自己啓発セミナーというものになりました。
2014年にテレビドラマ化した宮部みゆきさんの「ペテロの葬列」で題材に取り上げられましたので、名称をご承知の方も多くいらっしゃると思いますが、なにが問題だったか詳しくお知りになりたい方は、『心をあやつる男たち』福本博文(文春文庫)をご参照ください。
レッスンで、生徒さんのなかのプロセスの進行しだいでは、”感情が解放”されて、涙を流すことがあります。ただしそれは、生徒さんがどのようにお思いになるかどうかはともかく、ワークの質とは関わりのないところで起きます。
しかしそのようなプロセスを人為的に引き起こそうとすることは、とても”操作的“で、アレクサンダーテクニークのやめていく=undoingプロセスとは合致しません。
そのような大きな感情を解放するワークで体験するカタルシスは、それが起きているときにはしばしば心地よさを伴うことがありますが、神経学的・生理学的には、交感神経と副交感神経が同時に一気に活性化して、その後で両方が沈静化するときに起こります。
しかし、沈静化した後も、活性化が起こる前よりも(つまりそのワークを受ける前よりも)、交感神経・副交感神経はより活性化するため、結果的にあまり望ましくない状態になりやすいのです。神経系はさらにオーバー・ワークになり、アレクサンダーテクニークで言うところのundoing(やめていく)どころがdoing(やりすぎ)のプロセスにほかなりません。
もっと端的に表現すると、身動きの取れない状態、あるいは凍りついた状態になりやすく、舞台の本番や大事な場面であがりやすい人は、さらにあがりやすくなるし、つまりあがり症が悪化しますし、トラウマを抱えている方たちの症状は悪化します。
精神面の健康の度合いが高い方でしたら、そのようなワークへの耐性も強いので、影響は少なくてすみます。
ワーク後に活性化した交感神経・副交感神経が日常や睡眠中に徐々に沈静化するためです。
しかしグリーフ体験(大切な方との死別体験)で苦しんでいる方、
トラウマで苦しんでいる方、
あるいはなんらかの精神疾患をお持ちの方の場合、
そのようなワークへの耐性が弱いので、状況が悪化する場合もあります(ワーク前よりも活性化した交感神経と副交感神経が活性化したままの状態にとどまるので)。
これについてはエビデンスもあります。
ですので、アレクサンダーテクニークの一教師として、個人的にはそのようなワークは推奨できません。
この文章をお読みになった方が、もし不幸にしてすでにそのようなワークに出会われており、現在進行形でワークを受けている場合には、そのワークを続けられることは即座に中止されることをオススメします。
大丈夫です。アレクサンダーテクニークの教師は、もっとまともな人たちがいますよ。
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