癖(くせ)

アレクサンダーテクニークの基本的な概念としての癖(くせ)について扱う。

同義語:pulling down 押し下げ。

私たち自身が行っている、私たち自身の活動をじゃまする微細な動き。筋肉で起こっていることは、骨格筋のある動きについての主働筋と拮抗筋との同時収縮(共収縮)。

筋肉の働きだけでなく、自律神経系の働き、内臓の状態、体内環境(神経伝達物質とホルモン)の状態、感情の基本的な要素である情動などの広い領域にまたがる。

認識しているかどうかでは、次の2つに分けられる。

(1)気づかないで行っているものと

(2」「よかれ」と思って、意図的に行っているものとがある。

また原因別に見ると、次の4つに分けられる。

(1)周囲の大人の真似をして身に着けた癖

(2)周囲の大人の「よかれ」と思った注意から身についた癖

(3)怪我やトラウマティックな出来事によって身に着けた癖

(4)観察力のなさによる思い込みから身に着けた癖

内容を認識しているのかどうか

(1)気づかないで行っているもの

例えば、台車を前方に押し出そうとして、頭を胴体に押し下げ、特に胴体の後ろ側を押し下げ、地面から足の裏が浮足立つ。全身に力みがあるが、結果的には有効な力が台車には伝わらなくなる。

例えば、管楽器を演奏するためには楽器を構えるが、腕や楽器に重さがあるため、身体の正面側が重くなる。前に転ばないためには、前後のバランスを取る必要があるが、その際にやりがちなことは、背中側を縮めて、あるいは腰を反って、身体の後ろの重さを増やすことだ。

しかし、そのようなことをすると、

①二の腕を下ろす広背筋が収縮するので、楽器を保持するために、二の腕を持ち上げる筋肉がもっと収縮する必要があり、楽器と腕が重くなる。

②背中側の筋肉の過度な緊張で、息を吸うときに背中側がじゅうぶんに膨らまなくなるため、呼吸が制限される。

③力強さがなくなる。

(2」「よかれ」と思って行っているもの

例えば女性誌の「デコルテをきれいに見せるためには、肩を後ろに回して下に押し下げる」という記事を鵜呑みにして実践すること。

そのように行うと、

a.首や背中側の筋肉が緊張し、

b.広背筋が収縮するので腕が持ち上がりにくくなり、

c.呼吸にともなう胴体の背中側や側面の動きも阻害されて、

d.呼吸が制限され、

e.呼吸が制限されるので、

本来の力強さがまったく発揮できない。

原因別

(1)周囲の大人の真似をして身に着けた癖

成長過程で起こる。大人の責任は重い。

(2)周囲の大人の「よかれ」と思った注意から身についた癖

例えば、頭の後ろとお尻を含めた胴体の背中側と踵が一直線に並ぶのがよい姿勢であると思い込み、その科学的根拠のない思い込みを子どもたちに押し付けること。

(3)怪我やトラウマティックな出来事によって身に着けた癖

例えば脚を骨折してギプスをつけたときには、ケガを治すために骨折した周辺の動きを制限する必要がある。そのような状況下で、日常生活を送るために、代償運動(運動学の用語:本来の動作や運動を行うのに必要な機能以外の機能で補って動作や運動を行うこと)を行う必要が出てくることもある。

しかし、怪我が治った後になっても、その代償運動を続けると、かえって、動きをじゃまする場合もある。ただし、器質的な欠損を負ったときには、代償運動が有効な場合もあるので、すべての代償運動が悪いと言うのではない。

トラウマティックな出来事、例えば自動車運転中に後ろから追突されるときに、身を固めることは怪我をしないためには必要なことだが、その後の日常生活でその状態が続くと、日常生活が送りにくくなる。

(4)観察力のなさによる思い込みから身に着けた癖

芸事などで、上級者の動きを見て、誤った理解をする場合がある。観察力のなさが原因だが、それによって上達は遅れ、不調が増すことがある。

私たちの脳にはミラーニューロンがあり、他者に共感したり、表情を見て相手の感情を推し量ったり、見て学んだりする能力の基盤になっていると言われている。

しかし、私たち自身に癖が多いと、誤った観察をすることがある。このことについて、詳細は、こんなかたに役立ちます-『観察力・見取り能力(見て学ぶ能力)をUPさせたい方』を参照ください。

脳科学の観点から見た癖(くせ)をやめること

癖と関わっているのが、脳の「手続き記憶」です。手続き記憶とは、脳科学では、何らかの技能の「やり方」の記憶である。

例えば、パジャマのボタンを外す、歯を磨く、箸を使ってご飯を食べる、ワープロソフトを使う、ピアノを演奏するなどの行為も、脳の手続き記憶に基づいて行われる。

手続き記憶の特徴は、

①習得までに反復したトレーニングが必要なこと

②手続き記憶が定着すると、脳の神経回路が変化すること

例えば、楽器を演奏する技術も、演奏するときに現れる癖も、手続き記憶の一部である。

癖をやめることは、この手続き記憶を塗り替えることなので、反復・継続したトレーニングが必要である。

 

意識の向け肩や意識を向けるタイミングも重要で、やり方を誤ると、かえって動きが窮屈になり、演奏などの技術が劣化することもあるので、きちんと教えてくれる伴走者をつけることをお勧めする。

参考文献

ブレイクスリー、サンドラ&マシュー『脳の中の身体地図』2009年 インターシフト

古屋晋一『ピアニストの脳を科学する』2012年 春秋社

かわかみ ひろひこ『実力が120%発揮できる! ピアノがうまくなる からだ作りワークブック』2019年 ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス

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かわかみ ひろひこアレクサンダーテクニークの学校 代表
第3世代のアレクサンダーテクニーク教師。2003年より教えている。 依頼人である生徒さんへの共感力、課題改善のための活動の動きや言葉に対する観察力と分析力、適確な指示、丁寧なレッスンで定評がある。
『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなる からだ作りワークブック』、『実力が120%発揮できる!緊張しない からだ作りワークブック』(ともにヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)の著者。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこのプロフィールの詳細