京都で英語の塾をされている方の経験です。特に歌を歌うご経験のシェアリングが面白いです。

 

なおご本人より引用のご許可をいただいております。

 

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2005年03月15日

 

テクニックじゃなくて、テクニークでいいみたい……と思って、HPを見せていただいたら、やっぱり「テクニック」。
うーんどっちやろ?

 

歴史研究会でも映画同好会でもない。
なんか、カラダのことのようであった。

 

あまりにも急だったけれど、またとない機会に思えて、数時間後に行なわれるというワークショップに、急きょ混ぜていただくことになった。

 

中途半端に書いて誤解を招いてもいけないので、体験したことだけ。

 

なんといっても印象的だったのは、歌!
「フツウに歌ってください」と言われ、テレつつもフツウに歌った。緊張して歌詞を忘れ、もうめちゃくちゃ、でもいいや。
その後、インストラクターの先生に誘導していただいて、少しだけ意識を変えてみる(つもりになる)。

 

「……歌いま~す」という先生の合図で、出てきた声に自分でビックリした。えっっ!?と思って、ピタッとやめてしまった。

 

なんの前触れも緊張もなくするっと声が出て、にゅう~っと伸びたのである。
私の喉の奥に糸車でもついていて、向こうで誰かがスルスル糸を引っ張ってくれているみたいに。なんの抵抗もなかった。

 

ということは、ふだん歌っているときは、なにかしこりを感じながら無理に声を出していたということ。
歌い出す一瞬前も、緊張があったということ。そうなんだと説明されてはいたけれど、自分が体験すると、もうコトバもない。

 

こうして、したいことがありながら、わざわざそれを抑制するような動きを自らしてしまっていることが多いんだって。

 

座る、立つ、歩くといった生活の基本動作も教えていただいた(っていうか、誘導していただくかんじかなあ)。何が起きているのか、自分ではよくわからない……あまりにあっけなくて。

 

でも、確実に視界は明るく、ピントが合っている。さっきまで、こんなに鮮明にモノは見えなかった。動き始めてすぐに感じた強烈な肩こりと首の後ろの痛みも、あっという間に消えてしまっていた。

 

今日で3回目という、自転車乗りの方とお話ししていたら、前回参加された音楽家の方の音が、もう全然変わっちゃったんだとおっしゃる。
失礼ながら、素人の耳でも「わかる」わけ?
「だってハッキリ変わったから」と自信を持っておっしゃり、わたしの声も「まろやかになりましたね」と言ってくださる。

 

たとえば他のことでカラダを整えていたときには感じなかった(骨盤のゆがみとか)、「これでうまくいくかも」という、直観的な希望があるのだそうだ。

 

たしかに、自分のカラダに能動的に関わっている、という気持ちよさはあるけど……どこかまだ半信半疑な私。こんなにカンタンにうまくいくわけない、と思っている。ああ、貧乏性。

 

先生は、内臓のことまではまだ……と謙虚におっしゃる。指導者の「経験している」ということが大きなポイントってことなんだろうか? ぜひ胃袋から始めて、トラブルの多いわたしの弱い胃を誘導していただきたいものである。

 

ちなみに、アレクサンダーとは創設者の名前。もう亡くなっているそうだけど、タスマニア出身だそうだ。

 

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こちらのブログより引用。http://blog.livedoor.jp/korogaruishikoro/archives/16401854.html