最終更新日:2004/11/13

 

わたくしの人となりが分かるのではないかと思って書きました。

 

 

2000年の12月、私はまだトレーニング中で、ローザルイザ・ロッシという先生が教えに来ていらっしゃいました。

 

クラスが終わった土曜日の夕方から、ちょっと早いクリスマス・パーティーをしました。

そこに杏ちゃん(仮名)というまだ1歳半にならない女の子が遊びにきました。杏ちゃんは、人気者でたちまち多くの大人たちに囲まれましたが、たくさんのほとんど知らない人たちに囲まれて、ちぢこまってしまいました。やりたいことなんにもできないし。

私は、機会を見つけて杏ちゃんと遊ぼうと思いました。こどもと遊ぶのうまいからね。

翌日のお昼休みに機会が訪れました。

杏ちゃんは、冴えない顔でひとりでいました。私が近づくと、お外へ行きたいという意思を身振りで示しました。

私は杏ちゃんのお母さんに「杏ちゃんを連れて
ちょっとお外へ行きます」と告げました。

杏ちゃんにお靴をはかせて、ドアを開けると
杏ちゃんは、まっしぐらにのぼりの階段に向かいます。私は杏ちゃんが落ちないよう
に見ながら、なるべく杏ちゃんを手助けしないようにしていました。

あまり構いすぎると
かえって窮屈になっちゃうから。それにいつでも側にいて、守ってあげること
もできないから。

そこには、幼児用の四輪車と三輪車がありました。杏ちゃんは四輪者に乗り、私の
ほうを向いてから三輪車を指差しました。乗れってことね。私は三輪車に乗りました。
杏ちゃんは私が三輪車に乗ると、身振りで漕ぎなさいと言いました。そこで、およそ30年ぶりに三輪車を漕ぎました。それを認めると、杏ちゃんは地面を足で押してしばらく四輪車を乗り回しました。

しばらくして、ハンドルを引っこ抜くと、「ウォッ」と言って、私のほうを見ます。
「ちょっとまってね」私はハンドルを戻します。すると、ちょっと四輪車を動かしてから、
またハンドルを引っこ抜いて、「ウォッ」と言って、私のほうを見ました。

私は、
ハンドルを抜いたままにしたいのかなあと思って放っておいたら、突然杏ちゃんが泣き始めたので、「わかったわかった。ちょっと待ってね」と言って、ハンドルと
ハンドルのソケットを合わせて、”Push”と言うと、杏ちゃんはハンドルを押して、
ハンドルはもとに戻りました。

「あはは!」と声を上げて笑って、とても可愛い笑顔になりました。思わず「あれっ、
可愛いねえ」と言うと、また「あはは!」と声を上げて笑いました。そして「もういっ・・・かい、もういっ・・・かい」と一生懸命言って、ハンドルを
引っこ抜きます。私はそれをソケットに合わせて・・・しばらくそんなことをしました。

杏ちゃんはすっかり満足して、私と一緒に部屋に戻りました。部屋では通訳のYさんの故郷の土産のおうどんをNさんの特製カレーに入れて、みんなでたべてました。わたしたちの分もありました。

仲良くうどんを食べていたら、ローザルイザが「見て、杏ちゃんはひろひこといると
とっても楽しそうだわ」と言いました。ディレクターのジェレミーさんたちご夫婦も私のことを見直したようでした、何より杏ちゃんも元気になったしよかった。

そしてもうひとつの意味で、この経験は私自身への大きな贈り物になりました。

常々私は、こどもは立派なこどもであるということ、私のほうが体が大きいからして上げられることがあるし、安全を守る責任もあるのですが、それ以外は対等だと思っていました。

そして、当時の私はトレーニングで教える実習に尻込みしていたのですが、このとき人に教えることもベビー・シッターと変わらないのではないかと思ったのです。

つまり、生徒さんと
私は対等である。けれどからだの使い方については、私のほうが知っているので
助けてあげられることがある。教えるとはそういうことなのだと。

このことがきっかけとなって、私は休み時間中にベビーシッターを仰せつかることが多くなりました。
というより、こどもにつかまるのを親御さんたちが安心して任せてくれるようになった
というのが正確かなあ。