アレクサンダーテクニークのプライマリーコントロールは脳でなにが起きているのか-フロー体験(最適な集中力が継続している状態)の類似点

アレクサンダーテクニーク云々以前に、”私”がなくなったときにこそ、魅力的な個性が立ち現れる

近所の桜-2017年4月
近所の桜-2017年4月

2003年以降、アレクサンダーテクニークを教えていて、コンサートに出かける機会も増えました。

その結果、理解したことがあります。

  1. “私”が演奏する、”私”が踊ると思っているあいだは、「私」はけっして現れない。
  2. “私”が消えたときに、真に魅力的な個性が生まれ出てくる。
  3. 深さは、”私”意識からはけっして生まれない。

 

このことはすでに哲学的にも科学的にも広く知られている事実です。

哲学的には、C.G.ユング(1875-1961)亡き後にエラノス会議をリードした故 井筒俊彦 慶應義塾大学教授が論じている通りですが、今回は科学的な視点から書きます。

フロー体験-アレクサンダーテクニークのプライマリー・コントロールが働いた状態のときにも同じことが

以前にフロー体験についてはご紹介しましたが、簡単に言うと、最適集中力継続している状態です。

詳細は、最適な集中力 私たちはゾーンに入り、フロー体験ができるをご参照ください。

 

引用が多いので、そういう文章になれていない方のために、最初に要約します。

 

私たちが最適な集中力を発揮しつつ、深く個性的なパフォーマンスを実現しているとき、大脳前頭葉の一部が非活性化し、同時に脳の一部が活性化するというエネルギー再配分が起きて、アレクサンダ-テクニーク教師が強調することがある、今ここにいることができます。

 

本人は個性を出そうとか、なにかトリックを仕掛けようとは思わなくても、本当に個性的なパフォーマンスが実現します。

 

また日本のアスリート演奏家音楽科ダンサー)のなかには、こういう状態を集中した状態と呼ぶ人たちがいて、逆にパフォーマンス中にあれこれと雑念(雑音)が生じる場合を集中が途切れる状態と呼ぶことがあります。

 

アレクサンダーテクニークのプライマリーコントロールが働いている状態とは、このような脳の状態にあることか、あるいはこのようなエネルギーの再配分を自由に行って、いつでも今ここにいる状態に移行できる状態とも言えるでしょう。

 

アレクサンダーテクニークのベテランの教師のウィリアム・コナブル博士のレッスンでの体験

フロー体験とアレクサンダーテクニークを実践しているときの経験が類似していることは、個人的に経験していました。そして、数年前にベテランのアレクサンダーテクニーク教師のウィリアムコナブル博士のレッスンを受けたときの経験について、最近本で見つけたフローに関する脳科学上の知見を使うと、とてもうまく説明できるので、ご紹介することにしました。

 

 

1998年以来10年以上前から継続的に、アレクサンダーテクニーク教師のウィリアム・コナブル博士のレッスンを受けています。ここ数年のコナブル博士の関心は、アレクサンダーテクニークの基本原理である、プライマリーコントロールを教えることにあります。

 

「プライマリー・コントロールってなに?」と言う方は、こちらをご参照ください。

 

2年前の2015年に京都で開催されたグループレッスンで、ある人と手を使ってレッスンをしているときに、コナブル博士はおっしゃいました。

「そう。そうだよ。頭が遅くなって、”からだ”が速くなっているよね。それはプライマリーコントロールが働いているときに起こるんだ」

 

おそらく、”頭が遅くなって”というのは、頭が忙しく働かなくなって、という意味だと言ってよいでしょう。コナブル博士のレッスンを受けると、たしかにそういうことが起こります。

フロー体験やゾーンについて、扱っている本で引用されていたら、これはフロー体験として紹介されるでしょう。まさにそれと同じことが起きているのです。

 

 

フロー体験やアレクサンダーテクニークのプライマリー・コントロールが働いている際に、脳ではなにが起きているでしょうか?

以前の通説-脳の前頭前皮質全体が最大レベルで機能している状態という説

前頭前皮質は前頭前野と同義語(こちらをご参照ください)

前頭前皮質は高次認知機能を司ります。

高次認知機能とはどういうものかというと

  1. データの収集や問題の解決
  2. 事前の計画
  3. リスクの評価
  4. 報酬の見積もり
  5. 考えの分析
  6. 衝動の抑制
  7. 経験からの学習
  8. 道徳的な決断
  9. 一般的な自意識の形成

です※1

 

 

一時的な前頭葉機能低下と一時的に脳の一部が活発になり、深い身体化が起こるという説

脳は大量のエネルギーを消費するが、私たちの脳が1度に使うことができるエネルギーは限られているため、フロー状態に入るときには「通常は高次認知機能に使われているエネルギー手放す代わりに、注意力意識が高められた状態になる」※2

この意識という言葉は、いろいろな意味に使われますが、ここでの意味はジョン・サールの定義による注意attention)であると考えられます。

「意識という言葉は注意(英:attention)の意味で用いられることがある、(中略)注意には定位(orienting)、フィルターリング(filtering)、探索(searching)という大きく三つの側面がある。

 

定位とは、注意を向けている対象についての情報が得やすいように体の姿勢など制御すること。たとえば犬の近くで大きい音を鳴らしてみる。すると各部の筋肉の収縮と弛緩を通じて物音のした方向に犬の顔が向けられ、眼球が対象の方向に向けられる。そして音が鳴った方に向かって犬の耳がピンと立つ。こうして対象についての情報が取得しやすくなる(これは定位反射と呼ばれる)。

 

フィルタリングとは注意を向けている情報についての情報処理強化し、対象についてより多くの情報を取得する一方、他の対象についての情報処理作業を抑制することである。たとえば音楽が鳴っている中でワイワイ・ガヤガヤと多くの人が会話を繰り広げている大きいパーティの会場で、誰かがどこかで自分の名前を出したように思ったとき、その自分の名前を呼んだように思った人の会話の情報処理を強化し、他の人たちが行っている会話についての情報処理を抑制することができる。つまりフィルタリングされる(カクテル・パーティー効果)。」※3

 

探索とは、ここではおそらく情報集めることでしょう。

 

深い身体化の「身体化」は、心理学カウンセリングで用いられるsomatization 不安心理的ストレス身体症状として訴えること※4ではありません。

ここで言う身体化はembodyの名詞形としてのEmbodimemtの意味で※5、深い身体化とは「全身レベルの意識の一種」※6です。

「人間は、体のありとあらゆるところから感覚入力を得る。人間の神経末端の80パーセントは手や足、顔にある。消化管や心臓には、脳と同じ数のニューロンがある。また人間の体には、空間的位置を検知するための固有受容感覚や、バランスを感じる前庭感覚も備わっている。

「深い身体化」とは、こういった感覚入力のすべてに同時に注意を払うという意味」※7です。

「リアルタイムでの感覚運動統合が必要になる作業は、暗黙的システムで扱うのが最適で」※8、「こうした種類の作業の実行を明示的システムによって妨げることは、この効果を減じる傾向があ」※9ります。

念のために付記すると、「深い身体化は、一時的な前頭葉機能低下に直結」します※10

 

 

 

非活性化されるのは具体的には、

前頭葉上前頭回と呼ばれる部位が非活性化する」※11

「上前頭回は自己を認識するという内省的な感情を生み出す部位」※12です。

「ヘビに出くわすような危険に突然遭遇したら、ぼんやりと立ち尽くして、その状況に対する自分の感情に思いをめぐらせても何の役にも立ちません」※13

もちろん演奏する、ダンスをする、外科の手術をする、アロマセラピーのセッションをする、あるいは明日が期限のレポートを仕上げるときに、前頭葉の上前頭回が活性化しても、役立ちません。

背外側前頭前皮質も非活性化」する※14

背外側前頭前皮質は、「自己監視や衝動抑制をつかさどる領域」※8

自己監視は、疑いと軽蔑の声※15

衝動抑制は、「日常生活では、誘惑に耐える能力は生き延びるために不可欠だが、(中略)行動することが不可欠」な状況では、「行動が大幅に抑えられ」※16、活動はうまく行かなくなる。

 

 

活性化されるのは具体的には、

内側前頭前皮質※17

「内側前頭前皮質は独創的な自己表現をつかさどる部位」※18である。

「過活動になった内側前頭前皮質のはたらきで、自己意識が消失しても、(中略)個人のスタイルはにじみ出てくる」※19

 

上頭頂小葉も活性化すると思われます。

上頭頂小葉は「方向定位連合野※20とも呼ばれる。「正常に機能しているときの方向定位連合野は、ナビゲーションシステムのようなもの」※21で、「角度距離判断し」※22運動の「経路を」※23脳の中の身体地図に表示し、自分の体の正確な位置を追跡する」※24

 

 

一次運動野も活性化すると思われます。

「一次運動野は、随意運動のプログラミングに関わる大脳皮質の高次運動野や頭頂連合野からの入力を統合して最終的な運動指令を形成し、これを下位中枢(脳幹脊髄)へ出力する」※25

 

頭頂連合野も活性化すると思われます。

「頭頂連合野は様々な機能を持った多くの領域から構成されている。これらの領域では、主に中心後回体性感覚野からの体性感覚情報、または後頭葉からの視覚情報などがそれぞれ統合される高次感覚野領域、更に側頭葉からの聴覚情報含め複数の感覚種情報が統合される多感覚領域がある。

視覚情報に関しては、一次視覚野から始まる大脳皮質視覚情報処理における腹側経路と背側経路のうち、背側経路は頭頂連合野に至り終止する。これらの領域では対象の、運動知覚に関わる情報処理が行われている。

また、体性感覚情報の統合による自己身体情報をもとに、自己の空間・運動知覚や対象物と自己との相互関係などの情報処理が行われると考えられている。

また、運動前野と結びついた運動の発現や調節などの機能、および前頭前野機能と結びついた注意の制御など高次脳機能に関わる領域でもある。ヒトでは、左半球の言語野など機能的な左右差が存在する。」※26

 

高次運動野も活性化すると思われます。

「高次運動野は運動の実行自体よりも、運動の随意的な選択・準備・切り替え、複数の運動の組み合わせなどに関与していることが判明した。これらの所見から、高次運動野の主な役割は運動を目的を持って状況適応的に発現させる、つまり運動に必要な筋活動自体の制御よりも高次なレベルでの運動制御であると考えられている。」※27

 

ここまで書いたことを要約すると、これらの大脳の前頭葉の一部が非活性化し、同時に一部が活性化するというエネルギーの再配分が起きて、アレクサンダ-テクニーク教師が強調することがある、今ここにいることができます。

 

スターウォーズ エピソード1でクワイガン・ジンが、「過去のフォースでも、未来のフォースでもなく、現在のフォースに集中しなさい」と言いますが、まさにそのような状態です。現在のフォースは、英語では(英語ではliving forceです。今ここにいるとき、私たちは生きているのです。

 

また日本のアスリートや演奏家(音楽科やダンサー)の中には、こういう状態を集中した状態、パフォーマンス中にあれこれと雑音が生じる場合を集中が途切れるとおっしゃることがあります。

 

アレクサンダーテクニークのプライマリーコントロールが働いている状態とは、このような脳の状態にあることか、このようなエネルギーの再半分を自由に行って、いつでも今ここに居る状態に移行できる状態とも言えるでしょう。

 

私が敬愛するマリー・フランソワーズ・ル=フォルさんがアレクサンダーテクニークの根幹の一つとして強調されていたreadiness(超訳すると、いつでも準備はできているぜ!)とも矛盾しません。

 

では、どうすればそれが実現できるのか。それは深く身体化すること(エンボディメント)が鍵になります。深い身体化とはアレクサンダーテクニークの用語ではありません。深く身体化することとは、どういうことかご興味をお持ちの方は、こちらをご参照ください。

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内部リンク

プライマリー・コントロールに関する、一般的な定義はプライマリー・コントロール(アレクサンダーテクニーク用語集)の用語集の定義をご参照ください。

 

コラム『プライマリ-・コントロールとは』は、こちらをご参照ください。

 

コラム『図解で明快!? アレクサンダー・テクニークの原理あるいはアレクサンダー・テクニークの注意の質-インスピレーションと繋がる方法』は、こちらをご参照ください。

こちらは科学的な解析ではなく、(新プラトン主義)哲学的な考察です。こちらの方がなじみやすい方がいらっしゃるかもしれません

 

 

 

※1 『超人の秘密~エクストリームスポーツとフロー体験』(早川書房 スティーヴン・コトラー著 熊谷玲美訳 118ページ

 

※2 前掲 119ページ

 

※3 wikipediaの意識の項目より引用。ただし改行は引用者が行った

 

※4の心理学やカウンセリングで用いられる「身体化」の定義はこちらを参照した。http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/tep008.html

 

※5の「身体化」については、こちらを参照した。http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120828Emdodiment.html

 

※6、※7、※8、※9、※10の「身体化」については、『超人の秘密~エクストリームスポーツとフロー体験』(早川書房 スティーヴン・コトラー著 熊谷玲美訳  216ページから引用

 

 

 

※11 『超人の秘密~エクストリームスポーツとフロー体験』(早川書房 スティーヴン・コトラー著 熊谷玲美訳 119-120ページ

 

※12 前掲 120ページ

 

※13 前掲 120ページ

 

 

※14 前掲  120ページ

 

 

※15 前掲 120ページ

 

 

※16 前掲 121ページ

 

 

※17 前掲  121ページ

 

※18 前掲  121ページ

 

※19 前掲 121ページ

 

※20 前掲 130ページ

 

※21、※22、※23、※24 前掲 131ページ

 

 

※25 一時運動野については、こちらから引用しました。WEB 脳科学辞典

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%B8%80%E6%AC%A1%E9%81%8B%E5%8B%95%E9%87%8E

 

 

※26 頭頂連合野については、こちらから引用しました。WEB 脳科学辞典

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%A0%AD%E9%A0%82%E9%80%A3%E5%90%88%E9%87%8E

 

※27 高次運動野の機能については、こちらから引用しました。WEB 脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%AB%98%E6%AC%A1%E9%81%8B%E5%8B%95%E9%87%8E

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かわかみ ひろひこアレクサンダーテクニークの学校 代表
第3世代のアレクサンダーテクニーク教師。2003年より教えている。 依頼人である生徒さんへの共感力、課題改善のための活動の動きや言葉に対する観察力と分析力、適確な指示、丁寧なレッスンで定評がある。
『実力が120%発揮できる!ピアノがうまくなる からだ作りワークブック』、『実力が120%発揮できる!緊張しない からだ作りワークブック』(ともにヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)の著者。
アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこのプロフィールの詳細