かつてリパン・アパッチ族グランド・ファーザーと称えられた方は次のようなことをおっしゃいました。

「人間が正しい選択をすれば、起こりうる未来を変えて行けるものだ。それゆえ、人は自分が重要な存在ではない、などと考えてはいけない。

なぜなら、すべてのものに行ける精霊を通して人類の意識を変えるのに、たった一人の人間でも十分なことがあるからだ。

本質的には1つの考えというものが、次の考えや他の考えを変えてゆくのだよ。

最終的にすべての創造の中にそれがはっきりと見いだせるようになるまで、変わっていこうとするものなのだ」※1

 

少なくても私がこれまで経験してこなかった、生きにくい時代になりました。

日本は、史上もっとも長く続く不景気の中にいます。

自然災害によって未曾有の被害が毎年のように起こります。

そして、数年前には数100年のサイクルでやってくる地震と津波がきっかけになり(1000年に1度という地震学会の発表は嘘です)、世界最大の公害が日本で発生しました。

水俣病患者(公害の被害者)の方たちには、未だ充分な補償が行われていません。

そして世界的には戦乱が続いています。

なかなか希望を見いだせないかもしれません。しかし、”希望を見いだせないこと”と”希望がないこと”とは全く異なります(そのように若松英輔さんは語っていらっしゃいました)。

 

F.M.アレクサンダー(1869-1955)が、今日アレクサンダー・テクニークと呼ばれる方法を教え始めた19世紀末は、人間の「からだ」を伝統的に軽視する西欧社会が、

(1)産業の発展と科学の発展、

(2)そして「外部世界からの「収奪」と「搾取」を強めて、自国の生き残りと繁栄を築く※2ことを本質とする帝国主義が支配的となるなかで、

 

人間そのものの存在を軽んじるようになっていました。基本的に現在もその状況には変わりはありませんね。

 

F.M.アレクサンダーはそのような風潮に否!と言い、うまくいかない課題、私たちの活動するときに損なうものが、実は私たち自身が行っている癖(くせ)であると喝破したのです。

 

 

大きなものを動かすことは難しいです。けれども、私たちの日常の経験、それはどんな些細な活動であっても、それは1回しかないかけがえのない経験です。

私たち自身に余裕を与えることによって(アレクサンダー・テクニークで言うところのインヒビション)、はじめは小さなことから少しずつ私たちの課題を解決してゆきましょう。

 

そうすることによって、過去の因習、先入観、偏った考え、思い込み、それらから少しずつ自由になり、新しい道を開くことができるかもしれません。新しい物語を紡ぎ出すことができるかもしれません。

 

この拙文のタイトルは、赤坂真理さんの「愛と暴力の戦後とその後」の最終章のタイトルと同じタイトルにさせていただきました。

※1

トム・ブラウン・ジュニア著「グランド・ファーザーが教えてくれたこと」P.17を一部改変。

※2

手嶋龍一佐藤優著「動乱のインテリジェンス」「知の武装-救国のインテリジェンス」「賢者の戦略」を参照した